m2_ozehiuchigatakem2_fujisunrise_m








2016年07月12日

のどかな里山ウォーキング(黒川の谷戸)

多摩丘陵に定住し、ここで老後を送ることに、何の不足もない。
神奈川県川崎市麻生区黒川の里山。
東京都の町田市、多摩市、稲城市との県境であり市境である。
ここには、日本の原風景がふんだんに残っている。

kurokawa_satoyama



















谷戸に広がる麦畑や田んぼを渡る風が爽やか。
穂を撫でていく風の仕草に見とれて、しばし佇んでしまう。

kurokawa_satoyama2



















ここの尾根は分水嶺で、あちら(南西・町田)側に流れる水は鶴見川に、
こちら側(北東)に流れる水は三沢川となり、黒川から先は稲城市内を流れて、
川崎市多摩区布田で多摩川に注ぐ。

その三沢川の源流が、ここ神奈川県と東京都の県境・市境あたりにある。
電源開発(Jパワー)西東京変電所(東京都町田市真光寺)の北側になるが、
あたりは、ケモノ道?ばかり?っぽい。

源流が見たくて黒川から歩いてみても、ここから先は入れない。
写真の左を流れるのが、確認できた最後の地点で、源流の直前。

misawagawa



















それにしても残念。
このあたりの三沢川はどぶ川で、安全対策と不法投棄防止のために、
網のフェンスでおおわれてしまっている。

不法投棄監視中の警告と並んで、参議院比例代表・自民党の選挙ポスター。
この写真を撮ったのは選挙に行く日だったので、今は外されているかも。

misawagawa_warning



















リンゴ畑。
ここでは、柿、梨、リンゴ、トウモロコシ、里芋、サツマイモ、トマト、ナス、
キュウリ、カボチャなど、たくさんの果物や野菜が、元気に育っている。

ringonoki



















どちらを向いても絵になる。
近藤勇や沖田総司や土方歳三が歩いた布田道がこの山の上を通り、
あの道、その道、この道、どれをとっても、行く先には感動が待っている。

多摩丘陵に住んで15年。
とりわけ、ここ黒川から小野路にかけての里山は、
歩けば歩くほど、新しい発見、感動に満ちあふれ、飽きることがない。

kurokawa_satoyama3



















最後までお読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、1日1回、下記のいずれかのバナーをクリックしていただけると、
励みになり、とっても嬉しいです☆

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へにほんブログ村 子育てブログ 大学生以上の子へにほんブログ村 アウトドアブログ ハイキングへ  

Posted by MIKO at

2015年12月07日

琵琶湖疏水ウォーキング

近ごろ妙なものに興味が湧いてきて、水道、上水、疏水、水門など、
水インフラ巡りをしています。

今回は、10月と11月の京都での仕事の合間に行なったウォーキングから
いくつかの写真を抜粋し、ざっくりとした覚書とします。

10月24日(土)のウォーキングは、実は、水以外のことから始め、
京都の烏丸十条より、伏見桃山御陵、山科川、六地蔵、醍醐寺、山科と歩き、
日没前にぎりぎり間に合いそうだったので、山科から琵琶湖疏水沿いを歩き、
疏水第二トンネルにぶつかった後、御陵に下り、旧東海道を蹴上まで歩きました。
(この日の歩数と距離: 42,920歩、約32km)

一方、11月14日(土)は、最初から琵琶湖疏水について学ぶ目的で、
南禅寺境内の水路閣から始め、琵琶湖疏水記念館でかなりな時間を過ごしました。

では、写真アルバムです。
10月24日、山科の琵琶湖疏水の橋のたもとに掛かっていた道標。
今なお「国鉄」と書いてある点がノスタルジック。

1jnryamashina


















同じく、10月24日、疏水沿いに快適なウォーキング。

2biwakososui






















疏水の流れている場所、つまり自分の歩いている場所が、
町よりもかなり高いことに、やたら驚きと感動。

写真では見にくいのですが、左下を走っている鉄道と比べればわかります。
鉄道より50メートルくらい高いところを歩いているような感じがしました。
なかなか不思議な感覚です。

3sosui_tetsudo


















途中にある天智天皇陵へは寄らないで、鬱蒼として薄暗い天皇陵の裏を
足早に通り過ぎます。

この日は午前中に、伏見桃山で桓武天皇柏原陵、明治天皇・昭憲皇后陵、
醍醐寺の後で、朱雀天皇醍醐陵、醍醐天皇後山科陵と、天皇陵巡りをしたので、
天皇陵はもうたくさん!と言うよりは、日没前に蹴上に着くことが目標だったので、
天智天皇陵は諦めました。

ほどなく、疏水第二トンネルに到着します。

ここで疏水は暗渠となります。
そのため、疏水沿いの道は行き止まりとなるので、
地下鉄御陵駅方面への道標を頼りに、町へ下りていきます。

4no2tunnel




















御陵では地下鉄に乗らず、旧東海道を粟田口へと急ぎます。
ちょうど今、お能の囃子(大かわ)で習っている『蝉丸』にも出てくる粟田口、

・・・すえ白川をうちわたり、粟田口にも着きしかば ・・・

ここは、昔、都で最大の極刑場だったのですね。
ここで処刑された1万5千余人の霊を慰める碑がいくつもありました。
折から夕暮れ時とあって、いっそう無常観がただよっていました。

それはともかくとして、蹴上に着いたのが17時半。
かろうじて、上に線路が敷かれた、アーチ型の煉瓦の橋脚を撮影することができました。

5keage




















かわって、こちらは、11月14日、南禅寺の境内にある煉瓦造の水路閣。
古代ローマの「水道橋」に似ていますね。

6nanzenjisuirokaku


















今日こそは、この水路閣の上を流れる水道に沿って歩いてみる〜〜

ところが、水の流れる方向が、何か変!
逆みたい?

後でわかったのですが、これは、疏水分線で、北へと流れているのでした。
「哲学の路」へと流れていくのですね。

7biwakososui
























少し先に行くと、分線と疏水の合流点がありました〜

で、そこをぐるっと、反時計回り?に回り込んだ?ところに、
関西電力 京都電力所が。

biwakososuipowerstation1


















放水中のダムって、かっこいいなあ〜

ちなみに、これ、広い意味で、まだ南禅寺の境内です。

8biwakososuidam


















疏水の水は、この太い導水管を通って、蹴上発電所へと流れていきます。

9powerstation


















ダムを後にして、蹴上の煉瓦の上に敷かれた線路に沿って下っていきます。

sosui_incline




















と、ここで出会うのが、インクライン(傾斜鉄道)。

今では廃止(1948)されましたが、疏水と町との高低差を克服するための技術で、
酒や物資を積載した船を、急傾斜面で、船ごと積んで運んだ鉄道の名残です。

歴史写真『南禅寺船溜、蹴上インクライン』(大正期、個人蔵)

nanzenjifunedome

















水運が重要な位置を占めていた、明治末期から大正・昭和初期のことです。

酒造で名高い伏見にも同様のインクラインがあったそうです。

10incline



























琵琶湖の湖水を京都で、上水、潅漑、工業用水、発電に利用するために
行なわれた明治の一大事業 − 琵琶湖疏水工事。

1890年 第一疏水完成
1912年 第二疏水完成

この感動的な歴史を学ぶため、琵琶湖疏水記念館を訪問。

入場無料。
豊富な資料、ジオラマ、歴史写真など、いくらでも時間を過ごせます。
自分は、2時間ほど滞在したような気がします。

館内はもちろんのこと、外へ出てみるのもおもしろいです。
ここは、本当にお勧めのスポット。

機会があれば、琵琶湖疏水を、琵琶湖の取水口から歩いてみたいです。

11biwakososuishiryokan


















最後までお読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、1日1回、下記のいずれかのバナーをクリックしていただけると、
励みになり、とっても嬉しいです☆

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へにほんブログ村 子育てブログ 大学生以上の子へにほんブログ村 アウトドアブログ ハイキングへ  
Posted by MIKO at

2015年07月20日

京都幕末ウォーク+鴨川みそそぎ川

京都でフリーだった6月27日の目標は、金戒光明寺と会津藩墓地。
それを、すべてウォーキングでやってのけ、その途中に新撰組や御陵衛士の
ゆかりの場所をも含めてしまうという計画。

烏丸五条近くから歩き始めて、まずは三条通河原町東入の池田屋跡の碑。

1ikedaya




























跡地は、「池田屋はなの舞」という居酒屋。

2ikedaya2




























ここまで、高瀬川沿いに木屋町を歩いてきて、
三条大橋の南で、鴨川の河川敷へ下ります。

この鴨川MAPに見られる沢山の橋のうち、丸太町橋を目指します。

3kamogawamap















白河上皇をして、
「加茂川の水、双六の賽、山法師、これぞわが御心に叶はぬもの」と言わせた、
暴れ川の鴨川は、平安の古きより治水工事が繰り返し行なわれてきました。

そのひとつが、みそそぎ川。
鴨川の河川敷の右岸(西側)を北に向かって歩いていくと、
二条大橋の南で、みそそぎ川が高瀬川へと分岐する地点に着きました。

写真の左上部分が高瀬川への取水口となり、写真左下は階段状の滝となって
激しく流れ落ちています。
その様子を観察するために縁を登り下りしたけれど、ちょっとコワかった!

写真の右中ほど、細いコンクリートブロックが渡してある下では、
鴨川へと、みそそぎ川がやはり激しく水を落としています。

5misosogi1



















左岸(右・東側): 鴨川
右岸(左・西側): みそそぎ川
背景に比叡山。

って、それより何より、比叡山の方角から水が分岐してきているのは、
琵琶湖疏水の一部が鴨川へと流れ落ちている地点なのではないか!!
感激っ!

4misosogi2



















さて、丸太町橋で鴨川を渡ると、一路、黒谷へと、
この日の目標だった金戒光明寺(京都守護職会津藩本陣)を目指します。
金戒光明寺については、ひとつ前の記事に独立して書いているので省略します。
京都守護職会津藩本陣(黒谷の金戒光明寺)

金戒光明寺山門

sanmon_b




















続いて、岡崎公園を抜け、青蓮院、知恩院、円山公園を抜け、ねねの道へ。

たびたび仕事(坐禅体験などで)お世話になっている、
高台寺塔頭の月真院さんの前へ。

新撰組から分離した伊東甲子太郎が孝明天皇の御陵衛士を組織して、
ここ月真院を屯所としていました。

6goryueshi




























御陵衛士に関する案内板

7goryoeshi2



















次は、高台寺の急坂を登りつめたところにある霊山歴史館。
この界隈はしょっちゅう歩いているのに、不思議と霊山歴史館に入るのは初めて。
幕末維新に焦点を当てた資料館です。

8ryozenmuseum


















新撰組の浅葱色の羽織を着られる撮影コーナーまでありました(笑)

9toshizo


















この後、東大路へ下り、建仁寺の脇から川端通へ出て、
五条大橋で鴨川を渡り、烏丸通から七条通に入って油小路へと折れます。

七条油小路と言えば、油小路の変。
御陵衛士の伊東甲子太郎が腹心の藤堂平助らと共に暗殺された場所です。

10kashitaro



















元・新撰組隊士だった藤堂平助に関しては、気の毒な話があります。

新撰組の主要隊士中、唯一の生き残り永倉新八が語り残した
『新撰組顛末記』によると、

この日、油小路に出勤していた永倉新八は、かねてより近藤勇から、

「藤堂は伊東と同盟はしているがまだ若い有為の材であるから、
できるならば助けておきたい」

と言われていたので、藤堂をやりすごしたのですが、
情けある旧友のこのふるまいにツと身を七条の方へさけた藤堂は、次の瞬間、
近藤勇の心が伝わっていない別の隊士によって斬られてしまいました。

この日のウォーキング歩数:19,771歩 (意外と大したことない)

11kashitaro2



















最後までお読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、1日1回、下記のいずれかのバナーをクリックしていただけると、
励みになり、とっても嬉しいです☆

にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へにほんブログ村 子育てブログ 大学生以上の子へにほんブログ村 アウトドアブログ ハイキングへ  
Posted by MIKO at