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2016年07月07日

近藤・土方が歩いた布田道、里山と谷戸を行く

6月26日(日)、近藤・土方らが歩いた布田道の続き。
変電所や墓苑のある道を降りて左に進むと、そこはもう川崎市麻生区黒川。
自分の日常的なウォーキングエリアのひとつに戻ってきました。

それでも、柿生発電所は初めて見たし、その手前角に石仏があることにも
今回初めて気がつきました。

sekibutsukurokawa




















いつもの道じゃつまらないので、反対の方角に寄り道してみます。
黒川海道と呼ばれるこの道、さびしいけれど一応整備はされているようです。
この先を登って行くと、黒川高区配水池というものがあるようです。
そこは、尾根沿いの防人の歩いた道(よこやまの道)に繋がっているのでしょう。

kurokawa4michi



















時刻は17時半。
周りはまだ明るいけれど、山中は暗いので進むのをやや躊躇します。
と、そのとき、こんな警告が!!

マムシ! Poisonous Snakes!

蒸し蒸しする季節なので、いつ藪から出てくるかもしれません。
というわけで、マムシ怖さに、引き返すことにします。

poisonus snake



























布田道に戻る道すがら、田んぼの脇に、紫陽花。

ta_ajisai



















その先には、カボチャ畑。

pumpkin


















こちらは、梨園を見下ろしたところ。
稲城もそうですが、ここ川崎市麻生区黒川の谷戸では梨栽培がさかんです。

nashi_orchard



















立派な梨が育っています。

pears



















そして、こちらは、柿。

kaki



















で、トマト。

tomato





















布田道の黒川の最後(最初?)の地点には汁守神社があり、その向かいには、
農協の農産物直売所「セレサ川崎」があります。

近藤勇や土方歳三がここを歩いた150年前にも道沿いの農地が
耕されていたのでしょうか。
果樹栽培はもっと後から始まったのかもしれません。

いずれにしても、今でも淋しいので、当時は?

あるいは、小野路に集まった物資を調布の布田に運搬する道だったので、
かえって、もっと人の往来があったのかもしれません。
ひっそりと静まり返ってしまったのは、近年のことかもしれません。

ここは、東京都と神奈川県の境界線の近くで、
小田急電鉄の黒川、もしくは、京王電鉄の若葉台が最寄駅となります。

小田急電鉄の、はるひ野駅も目と鼻の先にありますが、
それは、ここ8〜10年あまりの間に急激に宅地造成されたところです。

私が引っ越してきた15年前には、昼でも歩くのをためらうような
淋しい淋しい谷戸が、黒川のあちこちに点在していました。
今でもその点では、変わりないと思います。

だた、周辺の宅地化がめざましいというだけです。
こののどかな里山の風景を後世に残していきたいです。


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2016年07月06日

近藤・土方が歩いた布田道を逆(小野路)から

6月26日(日)、「家康柩・御成道」ウォーキングの帰り道、
せっかくなので、近藤・土方らが小島家への出稽古で歩いた「布田道」を、
復路コース(つまり調布方面へ帰るときのルートとして)歩いてみました。

小野路の小島資料館の近くで街道を外れて山中に入ると、まずは切通し。

sekiyakiridoshi



















8分ほど歩くと、「布田道」(Fudamichi Path)と書いた道標が現れます。

fudamichi



















ここで、視界が明るくなり、田園風景が広がります。

fudamichihatake


















さらに行くと道が分岐しますが、これはその地点を振り返って撮ったもの。
次に来るときには逆コースで来るので、その分岐点を記憶しておくためです。

fudamichi2


















さらに7分ほど歩くと、交通量のある現在の鎌倉街道の別所。
「布田道」はここで、街道を渡り、真光寺地区へと入っていきます。
(あくまでも、出稽古から帰るときの復路として書いています)

ただし、この画像は、今来た方向を振り返って撮ったもの。
次に来るときには、この方向へ歩いていくからです。

家の近所だけれど、まだ十分に歩き切っていない道に人を案内するには、
どの方向から歩いても大丈夫なように下見しておく必要があります。

新選組のために毎年来日する外国人女性と来月この道を歩くからです☆

kamakurakaido




















さて、とても悩ましい五叉路の登場。
道標がない上、持っていたイラスト地図も不明瞭なので、思わず唸った。
ちなみに、ここは富士山がよく見える眺望地点です(この日は見えず)。

4ways






















さて、右に進路をとり、途中から左の山道に折れると、ますますあやしい。
幸い、山合いの猫の額ほどの土地で農作業しているおじさんを見つけたので、
変電所、つまり布田道の続く方角を尋ねると、「この先だよ!」とのこと。

それにしても、「この先」の道が、人が入り込める道には見えなかったので、
おじさんの言ったこと、果たして本当なのかしら?と、不安がよぎる。

が、敢えて進むと、いきなり視野が明るく開け、変電所が現れました!!
電源開発株式会社(J パワー)の西東京変電所です。

jpowerhendenjo


















変電所の下の狭い谷合いには、農地が広がっていました。
近藤・土方らは、変電所が建っていなかった150年前に、こんな里山を、
いや、もっと十倍も寂しい山道を歩いて、出稽古に通ったのでしょう。

jpowerhatake


















さて、三度目の道の不安!
変電所のフェンスの先に「布田道」は続いているはずなのに、
フェンスが終わるところが、またまた、けもの道みたい!!

こんなところに入り込んで大丈夫かしら?
でも、これより他に道はないしなあ・・・ (・。・;)

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一見あやしげな道も少し行くと普通の道になり、ひと安心(^−^)

fudamichi3



















そして、ついに、「この道で正しかった!」と確信が持てた、道標。
「新選組 近藤・土方の歩いた道  布田道」

何でもっと早く現れてくれなんだ?!

fudakondohijikata



















道標の隣りには、お地蔵様が佇んでいます。
近藤・土方らも、このお地蔵様に見守られて歩いたのでしょうか?

ちなみに、この地点は、東京多摩霊園と町田いずみ浄園の境界なので、
写真の柵の向こうは、すべてお墓です(・。・;

昼でも歩くのをためらうぐらいだから、夜はこわくて歩けないね〜

この後、布田道は、イラスト地図では途切れているのですが、
おそらく、川崎市麻生区の黒川の汁守神社の方へと続くはずです。
こうなれば、我が日常生活の行動範囲内。

でも長くなるので、続きは次回ということで。

jizo






















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2015年09月30日

イタリア人のお客様が新選組コスプレ(日野市)

引き続き、1ヶ月遅れで書いていますが、
9月1日(月)、ついに私のイタリア人のお客様がコスプレをしました〜!

日野市立新選組ふるさと歴史館にて。
前に来たときには恥ずかしくて躊躇したそうで、
「今回こそは絶対にやるのだ〜」と、決意を固めていました。

まずは、新選組の浅葱色の羽織姿。
続いて、土方歳三の洋装。

ちなみに背景の土方歳三の肖像(写真左)は地元の高校生が
爪楊枝で作ったのだそうです! すご過ぎ。

haori












でも実はこのコスプレの前が大変だったのです。
ふつう20〜30分でざっと見る展示を、3時間以上かけて見ました!
3時間ですよ〜〜

だって、写真、書簡、年表、陳列品の多くの内容を知りたがるので、
いちいちひとつひとつ訳してあげました。

例えば、近藤勇が実家に借金の依頼をした手紙。
でもこの手紙を届けたのは沖田総司だったとか、
佐藤彦五郎が詳細に綴った日記の数々とか・・・

おかげで自分もかなり詳しくはなりましたが(笑)

とにかくまずは仕事をして、それからコスプレのお手伝いをして、
その後、浅川の河原を歩きました。
ここが、土方家が石田散薬の原料を採った場所ということで・・・

イタリア人の彼女が私にガイドを依頼してきたのは全く正解でした。
私でなかったら、宮古湾海戦やら日野の浅川やら、お手上げだったでしょう。

日野の浅川を日常的にウォーキングしている自分にとって、
また、会津や新撰組に関心のある自分にとって、
こんなに楽しい仕事はありませんでした。

彼女は来年の夏もまた来るそうです。
2009年から毎年来日して、新撰組と会津藩ゆかりの土地を回っているそうです。

母娘で、NHK大河ドラマ『新撰組!』を英語の字幕付で見ているそうです。
英語が解らないお母さんのために、いちいち止めて、字幕をイタリア語に訳して
あげるので、大河ドラマのエピソードを1回分見るのに、何日もかかるそうです。

70歳を超えるお母さんは、もちろんイタリア人。
近藤勇のファンだそうです。

お客様も私も斎藤一に惹かれて以前会津若松の阿弥陀寺にお墓参りをしたのも、
大河ドラマで斎藤一を演じたオダギリジョーによるところが大きいでしょう(爆)

この日の夕方には、お客様を私の家に招待し、
NHKの『新選組!土方歳三最期の1日』を一緒に見て、
榎本武揚のセリフなどをいちいち英語に訳してあげました。

この作品は日本語版しかないので正直まったくのお手上げなのだそうです。

今回の旅では、念願の宮古行きの夢がかなったので悔いはないそうですが、
来年もまた来るそうです。
来年は、町田の小野路と小島資料館と鎌倉街道を案内すると約束しました。


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2015年09月29日

会津若松 - 東山温泉と会津藩墓所他

昨日、青森から帰り、今日は金沢。
けれども、1ヶ月遅れてもなお8月のことをしつこく書いています。

8月30日(日)、会津若松、東山温泉。
お客様の薦めで行きました。
どっちがお客様だ?(笑)
彼女が言ったとおり、風情のあるとても静かなところでした。

1higashiyamaonsen


















足湯に浸かります。
目の前は、渓流を隔てて、土方歳三のおなじみの顔。

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土方歳三が戦傷の湯治をした東山温泉の源泉です。

3toshizo


















4toshizoyu



























次は会津藩の墓所。

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雨にもめげず(いえ、めげそうになりましたが)、
鬱蒼とした森の中、ほぼ山登り同然でした。
濡れた石段や足場の悪い道で転ばないよう、そればかり気にかけて。

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苦労の甲斐あって、松平容保の墓の前に立ったときには、
疲れも忘れて感涙したことです。

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続いて、天寧寺へ近藤勇のお墓参り。
前回2013年2月にお参りしたときには、雪道で大変でした。

今回は大丈夫、とは言え、雨のせいで道のりが長く感じられました。

8tenneiji_isami

















ようやく近藤勇の墓前に立ちます。
前回は雪に埋もれて文字さえ読めませんでした。

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今回は、時間的な制約があり、白虎隊の飯盛山は見送りました。
帰り道に七日町の阿弥陀寺をバスの車窓から眺めました。

朝、自転車を借りるつもりで行った会津城も、
雨がひどくなってきたので断念し、城内にも入らず外観だけ。

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2015年09月23日

宮古(浄土ヶ浜・箱館戦争・津波被災地)

ほぼ一ヶ月遅れですが、東北の旅について。
8月28日(金)、お客様と盛岡で合流し、高速バスで2時間の後、宮古着。
路線バスに乗り換えて、浄土ヶ浜に到着。

自然が創った絶景の中をゆく、立っていられないほど大揺れの40分間の船旅。
浄土ヶ浜遊覧船と競って飛ぶウミネコ(かもめ)の大群は、まったくもって圧巻!!

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奥浄土ヶ浜の浜辺に佇んだこともまた忘れられない思い出です。
お客様も私も、それぞれの思いで、時間の経つのも忘れて佇んでいました。

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遊覧船の近く臼木山山頂に、箱館戦争(戊辰戦争)宮古湾海戦の碑があります。
旧政府軍名将新撰組土方歳三と海軍名将東郷平八郎の写真を載せた記念碑越しの
木立の間に、宮古湾海戦の跡地を望みます。

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埋立のため湾の様子が当時とはだいぶ変わってしまったものの、
旧幕府軍の回天が新政府軍の甲鉄に接舷した30分間の激戦を想像しようとします。

さて、そこからバス停1つか2つなのに、入る道がわからない埋立地に行くため、
いったん宮古駅に戻ってタクシーのお世話になりました。

親切な運転手さんに、お客様と私の写真をお願いしたところ、
後ろ姿まで撮られていたとは(笑)
ウエストの締まったお客様とずん胴の自分の差、・・なさけない(・。・;

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社長さんを津波で亡くされたという運転手さんの説明は生々しいものでした。
東北大震災津波の被災地である宮古湾一帯では、今日も復旧工事が続いています。

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タクシーで宮古駅に戻る途中、お客様のたっての希望により、
藤原観音堂にある幕軍無名戦士の墓(碑)に寄りました。

藤原の海岸に旧幕府脱走軍の士官らしき服装をした首のない遺体が漂着。
藤原の人大井要右衛門は「仏に幕軍も官軍もない」と手厚く埋葬。
後に七回忌に同じ藤原の人岩船豊吉がこの墓を造立供養。
戦士は回天士官大塚浪次郎とも新選組隊士野村利三郎(土方歳三の添役)とも。
(碑の説明の要約)

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2015年08月02日

桑名へ父母の墓参り(新撰組隊士森陳明と薩摩藩墓所)

7月17日(金)、都内の仕事を終え、品川から新幹線、名古屋乗換え、桑名へ。
翌朝、十念寺さんに父母の墓参り。
十念寺には、戊辰戦争で函館新撰組隊長となった桑名義士森陳明の墓がある。
土方歳三はまだ存命で、土方死後数日で降伏、謹慎後、見事に切腹して果てている。

桑名駅から十念寺へは、自分はいつも徒歩。片道20分程度。
旧東海道桑名宿七里の渡しを再訪したかったが時間がない。

駅へ戻る途中、寺町商店街アーケードを抜けたところに、薩摩藩墓所を発見。
戊辰戦争で宿敵となってしまった薩摩義士を手厚く葬る桑名である。

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2015年07月20日

京都幕末ウォーク+鴨川みそそぎ川

京都でフリーだった6月27日の目標は、金戒光明寺と会津藩墓地。
それを、すべてウォーキングでやってのけ、その途中に新撰組や御陵衛士の
ゆかりの場所をも含めてしまうという計画。

烏丸五条近くから歩き始めて、まずは三条通河原町東入の池田屋跡の碑。

1ikedaya




























跡地は、「池田屋はなの舞」という居酒屋。

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ここまで、高瀬川沿いに木屋町を歩いてきて、
三条大橋の南で、鴨川の河川敷へ下ります。

この鴨川MAPに見られる沢山の橋のうち、丸太町橋を目指します。

3kamogawamap















白河上皇をして、
「加茂川の水、双六の賽、山法師、これぞわが御心に叶はぬもの」と言わせた、
暴れ川の鴨川は、平安の古きより治水工事が繰り返し行なわれてきました。

そのひとつが、みそそぎ川。
鴨川の河川敷の右岸(西側)を北に向かって歩いていくと、
二条大橋の南で、みそそぎ川が高瀬川へと分岐する地点に着きました。

写真の左上部分が高瀬川への取水口となり、写真左下は階段状の滝となって
激しく流れ落ちています。
その様子を観察するために縁を登り下りしたけれど、ちょっとコワかった!

写真の右中ほど、細いコンクリートブロックが渡してある下では、
鴨川へと、みそそぎ川がやはり激しく水を落としています。

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左岸(右・東側): 鴨川
右岸(左・西側): みそそぎ川
背景に比叡山。

って、それより何より、比叡山の方角から水が分岐してきているのは、
琵琶湖疏水の一部が鴨川へと流れ落ちている地点なのではないか!!
感激っ!

4misosogi2



















さて、丸太町橋で鴨川を渡ると、一路、黒谷へと、
この日の目標だった金戒光明寺(京都守護職会津藩本陣)を目指します。
金戒光明寺については、ひとつ前の記事に独立して書いているので省略します。
京都守護職会津藩本陣(黒谷の金戒光明寺)

金戒光明寺山門

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続いて、岡崎公園を抜け、青蓮院、知恩院、円山公園を抜け、ねねの道へ。

たびたび仕事(坐禅体験などで)お世話になっている、
高台寺塔頭の月真院さんの前へ。

新撰組から分離した伊東甲子太郎が孝明天皇の御陵衛士を組織して、
ここ月真院を屯所としていました。

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御陵衛士に関する案内板

7goryoeshi2



















次は、高台寺の急坂を登りつめたところにある霊山歴史館。
この界隈はしょっちゅう歩いているのに、不思議と霊山歴史館に入るのは初めて。
幕末維新に焦点を当てた資料館です。

8ryozenmuseum


















新撰組の浅葱色の羽織を着られる撮影コーナーまでありました(笑)

9toshizo


















この後、東大路へ下り、建仁寺の脇から川端通へ出て、
五条大橋で鴨川を渡り、烏丸通から七条通に入って油小路へと折れます。

七条油小路と言えば、油小路の変。
御陵衛士の伊東甲子太郎が腹心の藤堂平助らと共に暗殺された場所です。

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元・新撰組隊士だった藤堂平助に関しては、気の毒な話があります。

新撰組の主要隊士中、唯一の生き残り永倉新八が語り残した
『新撰組顛末記』によると、

この日、油小路に出勤していた永倉新八は、かねてより近藤勇から、

「藤堂は伊東と同盟はしているがまだ若い有為の材であるから、
できるならば助けておきたい」

と言われていたので、藤堂をやりすごしたのですが、
情けある旧友のこのふるまいにツと身を七条の方へさけた藤堂は、次の瞬間、
近藤勇の心が伝わっていない別の隊士によって斬られてしまいました。

この日のウォーキング歩数:19,771歩 (意外と大したことない)

11kashitaro2



















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