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2015年05月22日

Nezu Shrine 根津神社でたいやき食べたよ〜

立山アルペンルート - 白銀の世界 から帰り、再び都内。

5月20日(水)、根津神社のお稲荷さま

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根津神社の奉納鳥居

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根津神社
東大の本郷キャンパスに隣接。
近くに住居を構えていた明治の文豪、森鴎外や夏目漱石らも、
さぞかしこの境内を散歩したことでしょう。

見事な権現造の社殿とは別に、乙女稲荷なるものがあります。

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不忍通り沿いの、根津神社入口近くで、たいやきを買い、
神社の境内の石のベンチに腰掛けて食べました☆

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まだ買う意思も何も示していないのに、ちょっとのぞいただけで、
「今日、最後のひとつですよ〜!」と言われたものだから、
そうまで言われちゃあ、運が良かったのだから、ぜひ食べて見ないと♪

評判どおり、美味しかったよ〜
神楽坂では、ひどいのを買わされたけれど、ここのは当たり。
あんこが甘すぎず、ほんわりして、薄めの皮がパリッとして、
尻尾にちょっぴりお焦げがあるのが、また good!

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2012年09月16日

ウォーキング 〜 和田堀公園、善福寺川緑地へ

ガイドの仕事とパソコンの仕事の両立で、
めちゃくちゃ忙しい日々をおくっていました。

睡眠時間、3日間合計で、8時間あるかないか?
うち1日は徹夜、1日は睡眠1.5時間。

何、大丈夫です。 ご心配なく。

仕事帰りに、コインロッカーに荷物を預けて、
上下黒の仕事の服装のままで、ちゃっかり京王ウォーキングに参加して、
9km以上歩いて、元気に帰ってきましたから!
その夜は、もう爆睡 (笑)


今回のコースは、京王線笹塚駅から和田堀公園と善福寺川緑地を歩き
井の頭線永福町駅で終了するものでした。

この炎天下、途中、交通の激しい街道や住宅街を歩かされたのには、
正直、まいりました


コースの中に杉並区立郷土博物館見学(任意)が含まれていました。
杉並区に住んだことがあるのに、こんな博物館があるなんて知りませんでした。
もしかしたら、私が武蔵野に引っ越した後に開館したのかも?

博物館の門は、江戸時代にこの地の新田開発をした名主井口家の長屋門。

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博物館の敷地内に古民家がありました。
旧篠崎家のものだそうです。
囲炉裏端でふるまってくださった熱いほうじ茶は格別でした。

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荻窪の地名になっている荻が、古民家の裏で見られます。
高さ2m〜2.5mほどにもなるそうです。

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昔はこのような植物が生い茂っていたのでしょうね。

現に、1290年に発刊された『とはずがたり』という書物によると、
既に、鎌倉時代には、当時の府の中心であった府中から浅草まで、
観音詣でのための道が通じていたそうで、

草深い秋の武蔵野の道を行くと、
萩、女郎花(おみなえし)、荻、芒(すすき)が生い茂る野原が
3日歩いてもなお続いた 
・・・、とのことです。

これには感動しましたね〜

後深草院の寵愛を受けた二条という女性が綴ったとみられる
鎌倉時代中期の日記・紀行文です。

ネットで原文を見つけたので掲載しておきます。

『とはずがたり』巻4.「浅草寺詣で、秋月の述懐」

武蔵の国へ帰りて、浅草と申す堂あり。十一面観音のおはします、
霊仏と申すもゆかしくて参るに、野の中をはるばると分けゆくに、
萩・女郎花・荻・芒よりほかは、またまじるものもなく、
これが高さは、馬に乗りたる男の見えぬほどなれば、おしはかるべし。

三日にや分けゆけども、尽きもせず。
ちとそばへ行く道にこそ宿などもあれ、はるばる一とほりは、
来し方行く末野原なり。



和田堀池
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善福寺川
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都心の住宅街であることを考えれば、合格点ですが、
6月にウォーキングに参加して、思わず涙まで流した、野川の流れる光景とは、
比べられませんでした。

ノスタルジーに浸れる、日本の原風景にあるような小川は、
都会にはもうあまり残っていないのでしょうね。

涼しくなったら、あの野川に、ぜひまた行ってみたいです。


この日の歩数: 18,792歩


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2012年06月20日

太宰治の桜桃忌に、懐かしい三鷹を訪ねて

40数年前、高校生のときに初めて読んだ太宰治の『人間失格』を、
20数年ぶりにまた読んでいます。

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クラスで最も貧弱な肉体をして、顔も青ぶくれで、(中略)、
学課は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした。
(中略)
いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
「ワザ。ワザ」
自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、
人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。


私立女子高校1年生のとき、自分がクラスの中で浮いた存在であったこと、
勉強など出来やしないのに、中部地方きっての名門中学から来たというだけで、
他の生徒から妬まれ、変に誤解され、ウワサの的にされました。

バスで隣り同士になる子の組合せを決める日、自分ひとりだけ半端になったら
どうしようと思うと、学校に行くのが怖く、夏合宿に参加することも恐怖に思えて、
どうにかして休むか、それとも乗り切るための何か良い知恵はないかと悩みました。

結局、夏合宿では、道化をやることを覚えて、それでもってクラス中を笑わせ、
「この子、名門卒のお高くとまった子かと思ったけど、案外そうじゃないじゃん。
けっこう普通の子じゃん。」と思わせることに成功しました。

そうしたら、もう途中で止められなくなり、2年目にはエスカレートして、
授業中は、ファンレター書き、早弁、居眠り、内職で過ごし、
数学2B の答案は、ワザと(*)白紙で出して、0点答案が返ってくると、これ見よがしに
クラス中に見せびらかして自慢し、自分がいかに勉強が出来ない子、勉強しない子
であるかを証明することに、命を賭けました。
(* ワザとでなくても、どっちみち何も書けないほど無学力でしたが・・・)

そんなティーンエイジャーのときに出会った『人間失格』の、
竹一の「ワザ。ワザ」という部分は、私をもひどく震撼させたものでした。

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6月13日に愛人と玉川上水で入水自殺を遂げた太宰。
その遺体が上がったのは6月19日で、奇しくもそれが太宰の誕生日であったことから、
太宰を偲ぶ日となりました。

2012年6月19日(火)、太宰没後63年目の桜桃忌が、
東京都三鷹市下連雀の禅林寺で営まれました。

昭和22年(1947年)頃の三鷹駅南口

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写真は三鷹市のHPよりお借りしました

武蔵野市に住んでいた頃、お腹の子供をかばい、満員の中央線を避けるために、
毎朝、三鷹駅まで歩いて、三鷹始発の総武線で派遣先の東芝に通勤していました。
子供が生まれた後も、アパートの家賃を払いに、月1回、三鷹に通ったものでした。

駅前から延びる、20年ぶりの懐かしい道を、禅林寺を目指して歩いて行くと、
左手に三鷹公共職業安定所(ハローワーク)がありました。

臨月の直前に東芝本社の派遣を退職した自分は、子供が生まれると、
家庭訪問に来てくださった東京都福祉保険局の保健婦さんの力強い助言により、
三鷹のハローワークを紹介されて、ただちに再就職活動を開始したのでした。
すっかり忘れていた、今では幻のような過去が、蘇ってきました。

禅林寺は、ハローワークのさらに先です。

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門をくぐると、色とりどりの、種類の異なる紫陽花が出迎えてくれました。

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最近ブログ友の方の記事で知ったのですが、
こうゆうのは、額紫陽花と言うのですね。

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赤、黄、橙、桃、白の、百合の花も印象的でした。

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12時半。 裏の墓地に行くと、すでに墓前には10数名が列を作っていました。

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太宰治の墓(手前)と、津島家(太宰の本名)の墓。

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墓にはたくさんの供花と供え物がありました。
次の仕事の打合せの帰り道とは言え、お供物も数珠も持たずにやって来た自分を、
浅はかだったと後悔しました。
着るものだけは黒いものを羽織ってきたのですが。

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お供え物はほとんどが桜桃でした。箱詰め、あるいは、ばらで。

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「桜桃忌」の名は、太宰と同郷の津軽の作家で、三鷹に住んでいた今官一によって
つけられた。
「桜桃」は死の直前の名作の題名であり、6月のこの時季に北国に実る鮮紅色の宝石の
ような果実が、鮮烈な太宰の生涯と珠玉の短編作家というイメージに最もふさわしいとして、
友人たちの圧倒的支持を得た。

(三鷹市HPより)

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子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
桜桃が出た。
私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、
見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、
よろこぶだろう。蔓(つる)を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚(さんご)の
首飾りのように見えるだろう。
しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐(は)き、
食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、
子供よりも親が大事。


桜桃忌の読経が始まる14時まで、1時間以上も、雨の三鷹を歩き回りました。
そうして、また禅林寺に戻り、再び墓前に参列しました。

14時、僧侶による読経が始まりました。
このとき、雨足が急に、きわめて激しくなり、衣服も、カバンも、何もかもが
ずぶ濡れになりました。

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太宰の墓の斜め前には、森鴎外(本名:森林太郎)の墓があります。

「この寺の裏には、森鴎外の墓がある。
どういうわけで、鴎外の墓がこんな東京府下の三鷹町にあるのか、私にはわからない。
けれども、ここの墓所は清潔で、鴎外の文章の片影がある。
私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、
死後の救いがあるかも知れないと、ひそかに甘い空想をした日も無いではなかったが、
今はもう、気持ちが畏縮してしまって、そんな空想など雲散霧消した」
(『花吹雪』)

(三鷹市HPより)

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森鴎外の墓の側面に、大正11年7月9日と彫られています。    ↓

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読経の時刻を目がけて特別に激しく降った雨が、読経後また穏やかになりました。

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紫陽花の愛らしい清楚な色合いに気を取られながら、
雨に煙る禅林寺の境内を後にしたのでした。

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三鷹駅まで再び20分の道のりを歩いた後、どうやって帰ろうかと思案。
中央線と井の頭線では、イマイチ能がない。

そうだ! バスに乗ろう!! と思いつきました。

東京は、都心に向かう鉄道が放射線状によく発達しているのに比べて、
郊外と郊外を結ぶのは、大抵の場合、路線バスしかありません。
こんなときこそ、路線バスを利用するチャンスです。

3番乗り場から、調布駅北口行きのバスに乗りました。
そのバスは、結局また禅林寺の隣りの八幡神社バス停に止まりました。

その後、奇しくも、3日前のウォーキングで歩いた場所の近くを走ることになり、
国立天文台、そして住宅街の中を流れる、幅広くなった野川を車窓から眺め、
調布飛行場に関する車内アナウンスを聞いたりして、調布に着きました。

この日の歩数: 16,560歩

これで、一連の予定が終わり、一段落しました。
次の仕事のための心の準備をしつつ、今日からまた勉強再開です。


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2012年05月20日

井の頭恩賜公園から善福寺公園へ+勉強記録第66日目

5月19日(土)、井の頭公園〜善福寺公園〜久我山をウォーキング。

でもまずは昨日の勉強記録から。
【第66日目】2012年5月19日(土)

数学
センター過去問
2012 指数・対数  これは、超簡単。
2012 ベクトル   久しぶりの挑戦。解りにくいところあり。計算が面倒。

理科
『リードα 物理』 落体の運動

国語
『マドンナ 古文単語230』
『漢文ヤマのヤマ』


  

久しぶりの井の頭恩賜公園です。
武蔵野市の住民だったとき、母や子供とよく行ったものですが、
あれから、かれこれ20年近く経ちました。

井の頭線の井の頭公園駅口から入ると直ぐに、
昔、子供を遊ばせた滑り台とブランコが目に入りました。
なつかしい〜。

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吉祥寺の人混みを見ないで直接公園に入ったのが良かったのです。
公園の印象まで変わりました。

昔、母と子供と一緒に乗ったボートもあって、いっそう感慨深く。

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こちらは、公園の中心部です。
吉祥寺側から入る場合には、この橋の向こうから来るのですね。

昔はこの橋の上から、鯉に餌をやったものでした。
ヨチヨチ歩きだった子供と、まだ若かった母の姿が目に浮かびます。

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井の頭自然文化園(水生物園)の脇に、ひっそりと弁財天があります。

井の頭公園の池は神田川の水源で、江戸城や下町に水を供給していたことから、
この弁財天は江戸町民の信仰を集めていたそうです。
またいわゆる「江戸むらさき」の染色にこの池の水が使われていたそうです。

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神田川と書かれています。

若い頃に流行した、南こうせつとかぐや姫の「神田川」のメロディが浮かびます。
あのときは名古屋に住んでいたので神田川は想像するしかなかったのですが、
ここに源を発して、都心を流れていたのですね。ちょっとした感動です。

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井の頭公園を出て、玉川上水に沿ってしばらく歩きます。
この写真は、万助橋から見た、玉川上水の散歩道。

でも、自分はこれと反対の方角に歩きます。

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途中で、住所表示が三鷹市になります。

子供が小さいとき、電車の模型を買ってあげました。

お腹にいるときから、中央線の踏切の電車の音を聞いて育った子は、
生まれてきて、片言を話すようになると、電車の模型を畳の上に滑らしては、
「ちゅぎは、みたか、みたかえきだじょ〜」などと言って遊んでいました。

ちなみにオレンジ色の中央線は、「だいだいでんちゃ」でした。

三鷹市にある、山本有三記念館の門です。
門の前にある、この石が、いわゆる「路傍の石」なのだそうです。

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山本有三記念館の建物正面。

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この後、創立100周年を祝う成蹊大学の、けやき並木を歩きました。

ここから後が辛かった。
目指す善福寺公園までの道のりが。

歩くのは大好きなのですが、炎天下、住宅街の中を延々と歩くのは辛い。
何度カバンからペットボトルを取り出して、水分を補給したことか。

もうイヤ、我慢できないと思ったときに、善福寺公園に下りる階段が見つかりました。

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苦労した甲斐がありました。
ここは、都会のオアシスです。

この池(上池)が、善福寺川の源になります。

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都立善福寺公園の案内版。

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池の端の黄菖蒲に目が留まります。もっとも、もう終わりかけでしたが。

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善福寺公園のはずれ、下池。
この一番はずれに、よしが群生しています。

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よしの群生の間を、カモが悠々と泳いでいます。

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善福寺公園の後、再び井の頭公園に戻り、池の端で団子を食べて一休み。

それから、神田川に沿って井の頭公園の端から三鷹台へと歩を進め、
井の頭線にほぼ並行する形で、住宅街を久我山まで歩きました。

久我山の高台に上がって閑静な住宅街を歩いてみたのですが、
後で家に帰ってから地図を見ると、そのちょっと先が北烏山だったのでした。

烏山にも住んでいたことがあるので、道がそんな風につながっていたのか!と
ちょっとした新発見でした。

歩くと色々な発見があります。それが楽しくてやめられません。

今度は、善福寺川に沿って、杉並区を歩いてみたいと思います。

昨日の出費
交通費 640円
団子 105円
合計 745円

歩数: 22,365歩


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2012年05月08日

谷中(徳川慶喜墓)から文京シビック +勉強記録第57日目

昨日の勉強記録です。
【第57日目】2012年5月7日(月)

数学
センター過去問
2009年 2B 数列
2008年 2B ベクトル
『白チャート2B』
指数対数関数の最小最大

   

5月6日、GW最終日の、町探索ウォーキングの続きです。

根津神社にいた15時頃、一瞬、突風が境内を襲い、
はげしい砂埃で、あたり一面、色が変わりました。
竜巻がつくば市を襲った2時間後のことです。

竜巻で被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。


根津を後にして、団子坂へ。

森鴎外の『青年』、夏目漱石の『三四郎』、二葉亭四迷の『浮雲』、
江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』など、数々の作品に描かれた坂だそうです。

今は、何てことはない普通の坂?
坂を上らなかったので、わかりませんが・・・。

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団子坂下交差点の標識。
目指す谷中霊園はもうすぐです。

ところで、文京区一帯に「鴎外生誕150年」のバナー(垂れ幕)を見ました。
森鴎外と関係が深い土地なのですね。

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と、ところが、そのとき。
いきなり、激しい雨が降り出し、雷の音が轟きわたりました!

と、とてもじゃないけれど、歩けません。
雨宿りが必要です。

で、その交差点にあった、ミスタードーナッツに緊急避難。

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写真(下)は、ミスタードーナッツ店内から撮影した、外の様子。
雨が道路を叩きつけています!

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雨宿りで、予期せぬ出費。 367円也。
食器を返した後で知ったのですが、コーヒーはおかわり自由だったのでした。
残念! でも、あと1杯のコーヒーよりは、時間が貴重。

雨がおさまり、谷中を散策。
空襲を逃れた、東京の一角にひそむ古い民家の間に、
千代紙、煎餅、履き物、和装小物、古美術などのお店があります。

こちらは、江戸千代紙の老舗。

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歩き回った後、谷中ぎんざに来ました。
昔ながらの商店街ですね。

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とてもよく繁盛しているお店です。
かぼちゃコロッケ、美味しそう!

芸能人のサイン色紙がたくさん飾ってあります。
さぞかし、知る人ぞ知るお店なのだろうなあ。

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谷中ぎんざを通り抜けた後にある、夕焼けだんだんの階段で、
階段上から下を見下ろしました。

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店先で、ビールケースを椅子代わりに、一杯(あるいは一服)なんて、
懐かしい光景ですね〜

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谷中霊園が近くなると、付近は、寺町と化し、
各宗派のお寺の門構えが続きます。

こちらは、観音寺の築地塀。
瓦と土を交互に積み重ねて作った土塀に屋根瓦を葺いた独特の塀で、
江戸時代から続く寺町谷中の風情を今に伝えています。

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谷中霊園に着きました。
スカイツリーが見えます。

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目指すは、徳川十五代将軍、慶喜のお墓です。

着きました! 
寛永寺の中にあって、柵で囲われたこの部分だけは、
慶喜の希望により、神道式の埋葬だそうです。

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それにしても、大正2年(1913年)に慶喜が没したことについて、
何やら不思議な気がしてしまうのは、大政奉還〜江戸城無血開城〜戊辰戦争敗北で、
江戸幕府関係者が諸共歴史の表舞台から消え去った = 何もかもが過去のこと、
との、錯覚によるものでしょう。

大正と言えば、私の両親が生まれた時代です。

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徳川斉昭の息子として水戸藩の教育を受け、尊王思想を持っていた慶喜は、
明治時代を最初から最後まで生き抜き、徳川宗家とは別に、徳川慶喜家を創設し、
天皇を敬う自分のメッセージとして、神道式の埋葬を願い、特例として、
このような敷地を、寛永寺の墓地内に得たそうです。

柵内、真ん中、左が、慶喜の墓。 右隣が正室美賀子の墓。

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慶喜の墓。
後方にあるのが、維新後の、側室2人の墓とのことです。

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さて、鬱蒼として、どちらかと言うと薄暗い谷中霊園を抜けて、
急に視界が明るく開け、車の通る道に出ると、その角には浄名院
3万体を超えるお地蔵様で、びっしり埋め尽くされています。

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次は、寛永寺(東叡山)。
江戸初期に、天海大僧正が創建した、天台宗のお寺です。

家康、秀忠、家光の三代の帰依を受けた、天海大僧正は、
日光は、神橋の袂や、輪王寺にも、その像が見られますね。

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戊辰戦争で、彰義隊が立て籠もり、戦場と化したこのお寺。
1885年に輪王寺門跡の門室号が下賜され、天台宗の高僧を輪王寺門跡門主に迎え、
再出発したとのことです。

写真は、その本堂である、根本中堂。

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この後、東京芸術大学、東京国立博物館の脇を通り、
上野公園内を通過して、湯島天神前、本郷三丁目を経て、
後楽園のジェットコースターが見えてくると、
この日の最終目的地、文京シビックセンター(文京区役所)です。

河合塾本郷校の保護者面談や、子供のオーケストラのコンサートで
何度も足を運んだ春日なのに、展望台に上がったことがなかったのです。

子供に聞くと、「俺なんか、百回は上ったよ(笑)」 とのことでした。

展望台は25階にあります。
無料の施設で、ゆったりとくつろげる、超・穴場的な空間です。
静かな丸テーブルで、持ってきた最後のおにぎり1個を食べました。

眺望は、300度ほどかな??

後楽園遊園地、東京ドーム、つまり水道橋駅の側が、見えません。
おそらく、同階にある、椿山荘スカイレストランで食事する人だけの、
独占的な眺望なのでしょう。

後楽園の日本庭園は一部見えます。

しかしながら、スカイツリー、上野公園、東京大学本郷キャンパス、
小石川植物園、そして、彼方には、筑波山が望め、

反対側には、新宿方面、そして、富士山と丹沢山地が一望できます。

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この日の日没は、予定通り、ここで経験することになります。
富士山は、この夕日(写真下)よりも左側にあり、この日もよく見えました。

出費は、
往復交通費、1,060円
根津神社ツツジ苑 寄付、200円
ミスタードーナッツ 367円
合計、1,627円。

歩数は、19,651歩でした。

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2012年05月07日

根津神社-文京つつじ祭 +勉強記録第56日目

昨日の勉強記録です。
【第56日目】2012年5月6日(日)

数学
センター過去問

1998年 1A (追試) 数列
2001年 2B (本試) ベクトル
確率
* 25枚のカード
* くじを引く順番
物理
センター過去問 2010 問7、問8 (力学)

  
  
GW最終日の5月6日(日)、根津神社の「つつじ祭」が最終日とあって、
幸いお天気にも恵まれたので、午後から出かけました。

この日のウォーキング予定
地下鉄千代田線の根津で下車、根津神社のツツジ苑 〜 谷中 〜 谷中霊園 〜
上野公園 〜 湯島 〜 本郷3丁目 〜 春日 〜 文京シビックセンター展望台


根津神社
1900年前に日本武尊が千駄木に創建したと伝えられる古社。
その後、太田道灌が社殿を奉建。
五代将軍綱吉が世継(家宣)が定まったのを機に大造営。
千駄木より根津に御遷座。

御祭神
須佐之男命・大山咋命・誉田別命 ○相殿 大国主命・菅原道真公

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楼門

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つつじ苑、寄付200円

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眼下に楼門と神橋が見えます。

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乙女稲荷神社の幾重もの鳥居が見えます。

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1週間早く来るべきでした!
見頃は過ぎていて、近寄ると、萎れた花びらが憐れ。
良い状態の花を見つけるのに苦労しました。

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鳥居をくぐってみます。

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家宣の胞衣塚
江戸時代の慣習により、六代将軍家宣公の胎盤が納められているそうです。

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お稲荷さんの狐

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根津神社の社殿(拝殿部分)
五代将軍綱吉が大造営した、権現造の、江戸を代表する華麗な神社建築です。

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この後、谷中を歩いたので、それについては次回に。


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