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2016年06月28日

家康柩御成道と古代中世の古街道を歩く

6月26日(日)、我が家の近くの「家康御成道」を歩く。
御成道とは家康の遺骨柩を久能山から日光へ搬送する千人行列が通った道のこと。

まずは、相模国から武蔵国の全体が見渡せる概観図。
このうち、太い横向きの赤い破線が、我が家のある多摩丘陵一帯。

kantokodo





























このうち多摩丘陵に焦点を当てると、下の図に。
幾筋もの尾根が走っていて、鎌倉街道、旧鎌倉街道、鎌倉裏街道、
奥州古道、奥州廃道、古代東海道、日野往還、瓜生黒川往還、布田道などが通り、
家康柩の御成道は、これらの道とあちこちで重なる。

tamakaidos



























70年代から入居が始まった多摩ニュータウンの造成により、
これらの旧街道は昔の姿を失ってしまったものの、あちこちにその遺構が存在。

我が家からもっとも近い「よこやまの道」(画像の緑のベルト)は古代東海道
ないしは古代の軍事道と一部重なり、多摩市と町田市の境の一本杉公園あたりで、
家康の御成道と交差。

yokoyamamap



















万葉集に収録された、防人の妻が詠んだ和歌が、よこやまの道を象徴する。

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さて、肝心な家康の御成道は、多摩ニュータウンの団地の中のそこここに、
それらしいと思われる道が残っているものの、何より絶対的に感動的なのは、
町田の小野路にあるピアノカフェ・ショパンの裏山に忽然と姿を現す道だ。

chopincafe

























これが、それ。

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そして、一本杉公園の池のほとりの山の藪をかきわけたところ、
真下に姿を見せた道も、それ。

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ぐるぐる歩き回って、小野路の小島邸(小島資料館)の前に出た。
近藤勇らが出稽古に通った、小野路の名主、故小島鹿之助の家だ。
小島鹿之助は新撰組の強力な支援者だった。

この日は休館日なので入れない。
本来ならばここで終わったはずのウォーキングが、さらなる展開を見せる。
そうゆうところがすごいと、我ながら感心。

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2016年06月15日

小山田緑地と新田義貞激戦の地

6月12日(日)は、歴史古街道団の「よこやまの道」ウォーキング。
小田急唐木田→小山田緑地→小山田氏城址跡→新田義貞激戦地のルート。

小山田緑地のアサザ池。
2月に来たときは雪で薄氷が張っていた池も、今は、アサザが見頃。

asazas


















小山田緑地は東京都の多摩市から町田市にかけて広がる里山で
植物、昆虫、野鳥の宝庫。

asazaike2s



















iPhoneの容量不足で思うように撮影できず、里山の風景がないのが残念。
代わりに、「よこやまの道」の「新田義貞激戦の地」の説明板。

鎌倉攻めのとき、この地で新田義貞率いる軍勢と迎え討つ鎌倉軍が戦い、
後に刀傷のあるおびただしい数の頭骸骨が発掘されたと言われています。

ウォーキングの後、引き続き、徒歩で家に帰りたかったものの、
午後、小鼓のお稽古、続いて、長唄三味線の浴衣会に備えた合奏があったので、
やむなく小田急で帰宅し、重くてかさばる三味線をかついで小鼓へと向かう。

yokoyamas
























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2016年05月27日

草食む山羊さん-ホタル観賞は今週末から

5月24日(火)、稲城市若葉台で草を食む山羊さん。
同じ日、稲城市向陽台でも山羊さんが草を食んでいました。
向陽台のは化け物みたいに大きくてビックリしましたが、ここのはOK。

そうそう、今年もまたホタル観賞の季節になりました。
稲城市若葉台の上谷戸(かさやと)親水公園で見られます。
5月28日(土)から6月6日(月)まで、夜7時半から9時まで。
暗くて足元が不安定なので、くれぐれも気をつけてお歩きください。

yagis



























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2016年05月26日

如水会ウォーク&スタディ2-東京都埋蔵文化財センター

5月22日(日)、如水会の支部イベント2は、東京都埋蔵文化財センターへ。
何年か前に自分でも行ったことがあるのですが、
今回は学芸員の方から解説を受けることができたので大変勉強になりました。

我が家から見えるのと同じ富士山と丹沢山地を望む多摩ニュータウンの上に
展示されている棒グラフが、時代ごとの遺跡の分布を示しています。
真ん中より左の、赤やピンクが緑が、縄文時代
真ん中より右の、紫系が、奈良・平安時代

これからわかるように、弥生時代と古墳時代には人口が激減し、
奈良時代から平安時代にかけて、人口が急増しています。

画像の下の平らな丘は、竪穴住居のある縄文集落のイメージ図です。

tamanewtown



























『南多摩 発見伝 丘陵人の宝もの(遺跡から見た多摩丘陵の歴史)』
という特別展に焦点を当てて解説を受けました。

flyer






















出土品の中で特に印象に残ったのが、つい先ほど歩いてきたばかりの
稲城市大丸の大丸城跡遺跡から発掘された、経筒とその中身です。

末法思想が流行した平安時代の11世紀ごろ、上流階級の人々は、
こぞってさかんに写経をして、筒や甕などに収めて、祈ったと言われます。
そのルーツは藤原道長に遡るようです。

写真下、手前に見える、ギザギザしたものが、大丸城跡遺跡で見つかった
経筒の中身、つまり写経されたものです。
写真では分かりづらいのですが、実物でははっきりと文字が見えました。

kyozutsu























それでは、外に出てみましょう。
縄文時代の竪穴住居が並んでいます。

tateana
















竪穴住居の中で焚き火を囲んで座ります。
縄文人の一家団欒を思い描いてみましょう。

tateanafeuer

















屋根の内側はきっとこんな感じだったのだろうなあと想像してみます。
屋根は萱で葺いていたとしても上に土をかぶせていた可能性もあるそうです。

縄文時代の平均寿命は男性30歳前後、女性25歳前後と推定されているとのこと。
女性の寿命が男性より短いのは、お産のせいではないかと想像します。

竪穴住居内部2s


















多摩は、防人、東国武士団、鎌倉滅亡、新撰組など、さまざまな歴史が残る
興味の尽きない土地です。これを機に、さらにこの地区を隅々まで歩いてみたいと
心から思った次第です。

イベントの締めくくりは、多摩センター駅のお寿司屋さんでの懇親会。
昼からビールやお酒を飲んで、お寿司屋さんのフルコースを楽しみました〜

sushi



















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2016年05月24日

如水会ウォーク&スタディ1-稲城市大丸

5月22日(日)、如水会(一橋大学の後援会)の支部イベントで、
稲城市大丸の大丸用水、大丸城址遺跡、大麻止乃豆乃天神社などをめぐり、
多摩市落合の東京都埋蔵文化財センターを訪問しました。

大丸用水とは、多摩川から取水して川崎市登戸まで流れる用水で、
江戸幕府の年貢の増収を目的とした大規模な治水・利水政策の一環として
17世紀頃に開削されたようです。

omarukanal


















南武線南多摩駅のあたりで分水。方角を変えて川崎方面へと流れていきます。

omaruwalks























国土交通省選定「都市景観100選」に選ばれた素敵な住宅街である
向陽台へのかなり勾配のある道は自分の日常的なウォーキングコースですが、
そこから一歩中に入りこんだ道を歩くのは初めてのことでした。

大麻止乃豆乃(おおまとのつの)天神社という延喜式内社と伝承される
神社が鎮座していました。参道は長い急な階段になっています。
拝殿のまわりの鬱蒼とした雑木林は、目と鼻の先に多摩ニュータウンの
街並みが広がっているとは俄かには信じがたい、別世界。
拝殿からは木立の間から新宿副都心と東京スカイツリーが見えました。

schrein


















さらに10分も歩くと、大丸城址遺跡の案内板にぶつかります。
ここは多摩川を望む丘陵の突端に位置し大変眺望がきくことから、
軍事上の要衝として城が築かれました。

多摩ニュータウンの造成工事に伴う第三次発掘調査(1980-1986)により、
縄文時代から近世に及ぶ大規模な複合遺跡がここで発見されました。
とりわけ15基も発見された奈良時代の窯跡の場所では須恵器と瓦が焼かれ、
中でも11号窯では、武蔵国分寺創建期の瓦が焼かれていたそうです。

武蔵国分寺は金堂・講堂・七重塔をはじめとする七堂伽藍を備えたお寺で、
金堂だけでも約10万枚の瓦が使われたといい、そのためその創建期には、
武蔵国分寺から近いこの大丸で焼かれた瓦が供給されていったそうです。

omaruburg
















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2016年01月17日

「多摩よこやまの道」からの広大な眺め

年末に走った「多摩よこやまの道」より、奥多摩と秩父を望む。

古代には、防人が歩き、
中世には、鎌倉武士団(新田義貞の鎌倉攻めなど)が歩き、
幕末には、新選組隊士たち(推定)も歩いたと言われる
「多摩よこやまの道」は、我が家のすぐそばを通る、尾根道です。

『万葉集』で「多摩の横山」と呼ばれた多摩丘陵のこの尾根道は、
武蔵野と相模野の両方を見渡せる高台で、古代より軍事と交通の要衝でした。
現在はこの尾根道の下を南多摩尾根幹線道路が通っています。

富士山と丹沢主脈の眺めはもとより、奥多摩と秩父の山々までも一望のもと。
南多摩尾根幹線に架かる「弓の橋」の近くより。

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「防人見返りの峠」
東国から九州へと出仕していく防人たちは、この峠で故郷の方を振り返って、
残してきた家族を思い、感傷に浸ったのでした。

赤駒を山野に放し捕りかにて
多摩の横山徒歩ゆか遺(や)らむ (万葉集)


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「防人見返りの峠」より、
やや遠方、多摩センターのベネッセ・ビルのすぐ左背景に、三頭山(1,531m)。
さらに左の方には、大菩薩嶺(2,057m)が続いています。

大菩薩と三頭山s


















何より、いちばん感動したのは、赤城山が見えたこと!
群馬県の赤城山まで見えるとは!!!

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道は起伏に富み、落葉で埋まった緩やかな坂道の繰り返しです。

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走っているうちに日が暮れました。
左端に三頭山。
右端の前景、黒い尖がった頂のあるひょうたん島みたいなのが、大岳山(1,266m)。
あの尖がりが岩場で、去年のゴールデンウィークに登ったことが懐かしいです。

三頭山と大岳山s
















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2015年09月30日

イタリア人のお客様が新選組コスプレ(日野市)

引き続き、1ヶ月遅れで書いていますが、
9月1日(月)、ついに私のイタリア人のお客様がコスプレをしました〜!

日野市立新選組ふるさと歴史館にて。
前に来たときには恥ずかしくて躊躇したそうで、
「今回こそは絶対にやるのだ〜」と、決意を固めていました。

まずは、新選組の浅葱色の羽織姿。
続いて、土方歳三の洋装。

ちなみに背景の土方歳三の肖像(写真左)は地元の高校生が
爪楊枝で作ったのだそうです! すご過ぎ。

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でも実はこのコスプレの前が大変だったのです。
ふつう20〜30分でざっと見る展示を、3時間以上かけて見ました!
3時間ですよ〜〜

だって、写真、書簡、年表、陳列品の多くの内容を知りたがるので、
いちいちひとつひとつ訳してあげました。

例えば、近藤勇が実家に借金の依頼をした手紙。
でもこの手紙を届けたのは沖田総司だったとか、
佐藤彦五郎が詳細に綴った日記の数々とか・・・

おかげで自分もかなり詳しくはなりましたが(笑)

とにかくまずは仕事をして、それからコスプレのお手伝いをして、
その後、浅川の河原を歩きました。
ここが、土方家が石田散薬の原料を採った場所ということで・・・

イタリア人の彼女が私にガイドを依頼してきたのは全く正解でした。
私でなかったら、宮古湾海戦やら日野の浅川やら、お手上げだったでしょう。

日野の浅川を日常的にウォーキングしている自分にとって、
また、会津や新撰組に関心のある自分にとって、
こんなに楽しい仕事はありませんでした。

彼女は来年の夏もまた来るそうです。
2009年から毎年来日して、新撰組と会津藩ゆかりの土地を回っているそうです。

母娘で、NHK大河ドラマ『新撰組!』を英語の字幕付で見ているそうです。
英語が解らないお母さんのために、いちいち止めて、字幕をイタリア語に訳して
あげるので、大河ドラマのエピソードを1回分見るのに、何日もかかるそうです。

70歳を超えるお母さんは、もちろんイタリア人。
近藤勇のファンだそうです。

お客様も私も斎藤一に惹かれて以前会津若松の阿弥陀寺にお墓参りをしたのも、
大河ドラマで斎藤一を演じたオダギリジョーによるところが大きいでしょう(爆)

この日の夕方には、お客様を私の家に招待し、
NHKの『新選組!土方歳三最期の1日』を一緒に見て、
榎本武揚のセリフなどをいちいち英語に訳してあげました。

この作品は日本語版しかないので正直まったくのお手上げなのだそうです。

今回の旅では、念願の宮古行きの夢がかなったので悔いはないそうですが、
来年もまた来るそうです。
来年は、町田の小野路と小島資料館と鎌倉街道を案内すると約束しました。


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