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2010年02月10日

子供が母の先生に♪

2月9日(火)、大学の期末試験が終わりました。

先週末、子供の彼女が試験勉強しに家にやってきました。
これまでにもカフェやファミレスでよく一緒に勉強していたのですが、
今回は我が家で「勉強会」です。

勉強に疲れると彼女が私のバイオリンを出して弾きます。
すると子供も勉強を中断して、先生に早替わり。

まだ「キラキラ星」ですが、彼女の呑みこみの早いのにはびっくり!
「お母さんと同じ時間やったら、直にお母さん抜かれるよ。」と子供。

う~ん、悔しいぞ~、でも、まあそうかもしれない。
だって、左手のこの指(複数)、関節が固くなって動かない・・・(涙)

子供たちのおやつにケーキを買ってきて差し入れました。

Obstkuchen














子供の試験の終わった昨日、私は明るいうちにウォーキングに出かけ、
帰って少し仕事をしてから、数ヶ月ぶりにバイオリンの練習。

子供の彼女の練習に刺激を受けたのと、ブログ友だちの影響です。

私と同じシングルマザーの、杏仁豆腐さんと、風花さん
二人ともバイオリンを弾かれます♪
そこで、このところ私も弾きたくてうずうずしていたのです。

久しぶりに弾く曲は、スズキ4巻のヴィヴァルディ協奏曲イ短調1楽章♪

左はビオラ、真ん中が私のバイオリン、右が子供2歳のときのバイオリン

bra_vio_vio















1頁の半分も弾かないうちに、子供が私の部屋にやって来ました。
「何、そのボーイング。 ひど過ぎ。」

まず、弓のアップダウンに伴う右腕の使い方を直されました。

次に、弓の持ち方の矯正。
親指と中指と薬指を合わせてキツネさんを作るようにして持ち、
それに人差し指と小指を加えて・・・・・。
頭では解かったつもりでも、実際にはそう簡単ではありません。

次は、移弦の練習。
G - D - A - E、 反対に、E - A - D - G、 いずれも短く歯切れ良く。

弓の位置をちゃんと準備してから音を出すこと。
お母さんのは、弓が準備できていないうちに音を出すから、
2本の弦を同時にこすってしまって、きたない雑音になる。

今度は、弦をひとつ飛ばして、行ったり来たり、
G - A - D - E、 反対に、E - D - A - G

こうゆう基礎練習の仕方を教えてもらいました。
そうして、また曲に戻ります。

「ほーら、ほんのちょっと心掛けただけで、雲泥の差でしょう。
上手くなりたければ、こうゆうことを毎日心掛ければ、大人でもやり方次第で
モーツァルト位まで弾けるようになるよ!!」

それを聞いて、みるみるうちに希望が胸にみなぎってきた母。

で、レッスン料は、30分500円を払うことで合意しました。
今回はレベルチェックということで、レッスン料は発生せず。

子供は自宅にいながらにして母のバイオリンの先生のアルバイト。
母は、他所に習いに行く時間と月謝と交通費を節約。

バイオリンの他にも、勉強の家庭教師もOKとのことです。
「地理なら何でも教えてあげるよ!」
「わあ~、うれしい!」

かく言う私も、期末試験のドイツ語では子供の先生を務めました。
持ちつ持たれつとはこのことです。

(2月9日の歩数:8,590歩)

2月9日(火)の夕食
豚肉のソテーと玉葱
ひじきの煮物
新じゃがの煮物
小松菜と油揚げの味噌汁
ご飯

din_09Feb10















本当はメインがイワシの蒲焼になるはずだったのですが急きょ変更。

あと、昨日はバナナくるみケーキも焼いたのですが、・・・・・・・
形があまりにもイビツ過ぎたので、非公開(涙)  味は最高です!  

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2009年11月16日

根気?のなさ?

このところずっと無理矢理にふたをして、なるべく考えたくないことがありました。
考えたくないと言っていること自体、そのことを考えていたわけですが ・・・。

どうしてこうなってしまったのか、・・・ ずるずる、だらだらと、ごまかしているうちに、
もうどうすることも出来なくなりました。

2月に入団して、11月の定演には出てみせると始め意気込んでいた弦楽オケ、
月にたった2回しか練習日がないというのに、3月から7月まで、見事にほとんど
仕事とかぶってしまい、出席したのは数えるほどです。

せめて8月からは出席しようと思ったのですが、あっという間に、曲数が増え、
「アイネ・クライネ」を除いて、多少なりとも弾ける曲が1曲もないのです。

せっかく久しぶりに行けると思う日は、私の弾けない曲ばかり。
手も足も出ない曲では、出席する意味がありません。そうこうするうち、秋になると
再び仕事やツアーと日程が重なって出られなくなりました。

春のうちこそ、欠席の度にトレーナーの先生に電話をかけていましたが、
次第に電話するのも億劫になって、もう何ヶ月もずるずるとお休みしていました。

最近、久しぶりにトレーナーの先生に電話をして事情を話しました。
すると、弾ける曲だけでも舞台に出られるよう、指揮者の先生にお願いしてあげると
おっしゃってくださったのですが、1曲のために何万円も払うのも何だし、・・・・・
それに、・・・・・ 演奏のことだけでなく、他にも行くのをためらう理由があることを
お話しました。

実は、6月ごろ、内部の事情もわからないまま、オケのホームページの作成と管理を
安請け合いしてしまったのです。

私には音楽関係のホームページを作った経験があり、それでもって小さなビジネスを
起こしたことがあるので、テンプレートも、画像も、壁紙やアイコンなどの素材もいくらか
あるのです。だから、それを使えば、1日か2日で体裁ぐらいは整えられると思いました。

一応の目安として8月末完成を宣言したのですが、何と、私が引き受けた役目には
落とし穴があったのです。・・・・・ 要するに、面倒なオマケがついていたのです。

そうと知っていたなら、最初から引き受けませんでした。
引き受けた後で言われてしまったから、「しまったー。大変なことになったー。」と
頭をかかえたのです。

そのオマケの仕事とは、ホームページのフォームメール経由での問い合わせに
メールで返信をし、見学希望者がいれば、その日時を設定し、当日は、訪問者を
出迎えて練習会場にお連れするところまでをコーディネイトすることです。

つまりは、ホームページの製作だけでなく、ホームページに関係した一切合財を
ひとりで担当するということなのです。

団員用ページの、練習日程表の更新程度ならいつでもやれると思っていました。
しかし、こんなコーディネイト業務までは ・・・。

「そんなことは初耳だ!」と言って逃げようとしたのですが、相手と面と向かって
ついに言う機会を逸してしまいました。

そのまま、ずるずると時間が経ち、とうとう演奏会が迫ってきたので、
この間、トレーナー先生に事情を話したのです。

先生は、「それは貴女には無理な話です。」と言って下さいました。

そうです! 仕事のメールも山のようにあり、また、春秋の観光シーズンには
ツアー先でネット環境がないこともあるのに、・・・・・ それに何より、自分自身が
満足に練習に出られないのに、そんな役目が務まるはずがないのです!

もちろん、すべてボランティアです。
いえ、仮に報酬をもらったとしても、出来やしません!

そんな訳で、いよいよ今月末に演奏会がやってきますが、曲が弾けないことの他に、
役目を果たしていない負い目があるので、どうしても行けないのです。

それで、昨年末から真剣に調べて、あちこちを見学、検討した結果、今年の2月に
入団したこのオケを、続けられなくなったのです。

後味は良くないのですが、続けられないこと自体は少しも悔やんでいません。

やはり、どう考えてみても、月2回とはいえ、仕事と重なって出られないことは、
これから先も十分に想像できます。ほとんど出席できないまま、月謝を払い続け、
1曲のためでも何万もの演奏会費を負担するのは、経済的にも大変です。

そこで、きっぱりと辞めました!
もう二度と、オケに入ろうなどという大それたことは考えません!

オケは、子供だけで十分です。
私は、ときどき子供に教えてもらいながら、スズキの4巻のヴィヴァルディA-minorと
バッハのドッペルのセカンドをテンポで弾けるようになって、5巻に進めさえすれば、
それで大満足なのです!

決して悲そうな気持ちではありません!

人と合わせられるレベルでない自分がしゃしゃり出て仲間に迷惑をかけ、
その上、おそらくは、休んでばかりいる不真面目な団員というレッテルを貼られ、
おまけに手に負えないようなボランティアを引き受けてしまい、にっちもさっちも
いかない状況に置かれている。・・・・・・ それよりは、さっさと辞めて、自分自身の
演奏の進歩を目指す方が、よほど気分が良いのです。

一時期はひどく落ち込んで、自分に力がないことは十分にわかっているが、
その上に、意志や根気までも欠けているのかと自問自答しましたが、違います!

根気は、ここにちゃんとあります!
ただ、さまざまな事情で続けられなくなることはあるのです。
そう、思うことにしました。

そして、近いうちに、また自分の安物の楽器を出してきて、ヴィヴァルディを
CDに合わせてテンポで弾けるようになるまで、メトロノームを使って、自分に
特訓を課そうと思っています。  
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2009年06月15日

モーツァルト協奏交響曲



モーツァルト ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」KV.364(320d)
指揮&ヴィオラ: ユーリ・バシュメット/ヴァイオリン: マキシム・ヴェンゲーロフ
管弦楽: モスクワ音楽院管弦楽団


  

週末、久しぶりに、所属するアマオケの練習に行ってきました。

この日の練習曲は、
モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」KV.364(320d)。

少し前に楽譜が郵送されてきて、知らない曲なので慌ててCDを購入したものの、
結局のところ時間切れで事前に譜読みするまでにはいたらず、ぶっつけ本番で
参加することになりました。

オケにとってもこの曲はその日が初めての練習日。それでも、まわりの人は皆
それなりに弾いています。まったく弾けてないのは自分だけでした。

あー、それでも楽しかった♪ と心から言えるのは、
弾けない人も温かく受け容れてくれる雰囲気がこのオケにはあるからです。

  

さて、この日、不思議なことがありました。
しばらく前から私のお気に入りとなっているブログ『アマチュア・ヴァイオリンnote♪』
久しぶりに開いたら、何とこの日の記事が、よりによって(!)、
モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」KV.364(320d)
についてだったのです。この偶然には驚きました。というより感動です!

また、昨日の自分の記事『ヴァイオリン&ヴィオラ』の中で絶賛したヴィオリスト、
ユーリ・バシュメットの演奏をネットで調べていたら、そこでも真っ先に出会ったのが
この曲だったのです。

モーツァルトが大好きなのに、今まで知らなかったこの曲。
その曲に、こんな短い間に急にあちこちでお目にかかるなんて、よほど縁があるに違いない、
そう思うと、秋の定演の曲目は私にはもう精一杯の限界を超えているから、
これ以上、曲を増やすのはやめようと思っていた気持ちがどこかへ吹っ飛びました。

この曲、何としてでも弾けるようになりたいものです。
  
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2009年06月14日

ヴァイオリン&ヴィオラ

私ほどの年齢でバイオリンを習っている人は意外に多いものです。
まったくの初心者から経験者まで、私の周辺にもかなりいます。

実は私の場合、厳密に言うと弦楽器の全くの初心者ではありません。
大学入学と同時に先輩から勧誘されてオーケストラに入ったのです。

 学生オケ ~ ビオラ

私: 「弦楽器さわったことないんですけど・・・。」
先輩: 「大丈夫!ビオラなら全員初心者ばかりです。」
私: 「でも、楽器、高いんですよね?」
先輩: 「今なら、中古の楽器が弓とケース込みで1万5千円であります。」

このようにそそのかされて入部を承諾したのですが、
家に帰って両親に報告すると、
父: 「大学の費用を納めたばかりだから、そんなお金はない。」

当時、大卒の初任給が 2万円台、
私大文系の初年度納入金が年額 14万円ちょっとでしたから
「弓とケース込みで1.5万円」というのは確かに大金でした。

思い起こせば、私立の女子高に入ったとき、
部活紹介で聞いたギター・マンドリン部の演奏に感動し、
マンドリンをやらせてもらえないかと親に言うと、
父: 「高校の費用を納めたばかりだから、そんなお金はない。」

そういうわけで、マンドリンとはついに縁がないままでしたが、
オーケストラの弦楽器となると、小学校のときX君が弾いていたヴァイオリンが
ずっと頭の中にあったので、これはついに自分にもチャンスが訪れたぞと、
大学の先輩の勧誘に心を躍らせたものでした。

そこで、「アルバイトをして返すからお金を貸して。」と母親と交渉。
こうして目出度く手に入れたヴィオラという楽器なのですが、いざ始めてみると
先輩が勧誘文句でうたっていたようには簡単ではなかったのです。

当時はまだヴィオラ用の曲の本がほとんどなかったので、スケールや、
スラーやスタッカートなど、退屈で辛い技術の練習のオンパレードでした。

同じく初心者でバイオリンパートに入った友達は、
あっと言う間に「メヌエット」、「ガボット」などの曲を弾くようになったのに、
ヴィオラには、そのように曲を順に追っていく楽しい教則本がなかったので、
個人練習がちっとも楽しくありませんでした。
(今日ではスズキ教本のビオラ版が海外で出版されています)

弾けないながらも、1回目の定演では5プルト目位の見えないところで、
シューベルトの「ロザムンデ」に乗せてもらいました。
その次の定演では、何と、ブラームスの交響曲第4番の全楽章に乗りました。

「母さんはブラ4をやった♪」と息子に言っても絶対に信じてくれません。

「簡単に書き換えた楽譜だったんじゃないの?夢でも見てるんじゃない?
ブラ4なんて絶対に弾けないってば!!」

そう、私も何がどうなっていたのか、遠い過去のことゆえ、もうわかりません。
いずれにしても、この「ブラ4」を区切りにビオラを断念しました。

自分には無理。練習が楽しくない。
後輩も入ってくるのに、こんなに弾けなくては先輩としての面目が保てない。

 50+α (60-α) の手習い ~ バイオリン

それから30数年の間、私のビオラはぼろぼろのケースに封印されたまま、
引越しの度に押入れの奥に放りこまれる運命となりました。

そんな私が再び弦楽器をやろうと思ったきっかけが2回ありました。

一つ目のきっかけは、息子が2歳でバイオリンを始めたとき。
先生が、「お母さんも一緒に始められたらいかがですか?」とおっしゃったので、
大人用の安い(それでもチェコ製)のバイオリンを買っていただきました。

violin_viola


左: 学生オケのときに使ったビオラ


中: 自分のチェコ製のバイオリン


右: 息子の最初のバイオリン (16分の1)














子供と一緒にやったのは、「キラキラ星変奏曲」、「むすんで」、「こぎつね」位です。
そのうち、子供のお稽古に夢中になり、自分のバイオリンどころではなくなりました。

かくして、私のバイオリンもまた押入れの中で十数年眠る運命となりました。

二つ目のきっかけは、息子の通っていた高校が創立記念に「第九」をやることになり、
生徒達による弦楽オーケストラ部や合唱部と一緒に演奏するメンバーを、
広く保護者や関係者の中から、かなり前びろに募っていたときです。

一年以上も準備期間があるなら、もしかしたら参加できるかもしれないと思って
取り合えずエントリーしたのです。ただし、このときはビオラで申し込みました。

早速、ぼろぼろのビオラを押入れから出してきて修理に出し、弦も張り替え、
弓の毛替えもし、ケースも新調しました。しめて5万円ちょっと。

生まれ変わったビオラを前にして、さて、どうやって練習しようかと考えた結果、
よし、まずは弦楽器の基礎であるバイオリンを正式に習ってみようと思ったわけです。

 現在から未来へ ~ バイオリン、そしてビオラ

こうして、行けるときだけ行くという形で、息子の先生にお世話になってから
かれこれ2年以上になります。

ツアーシーズンで断続的に留守をするときは当然行けませんから、
極端なときには、4ヶ月ぶりにまたレッスンに顔を出すといった調子です。
それでも懲りずにまだ続いています。

スズキ1巻の「キラキラ星変奏曲」から始めて、2巻、3巻、4巻と進み、
今は、ヴィヴァルディの協奏曲イ短調とバッハのドッペル1楽章(2nd)を弾いています。
あこがれの「ドッペル」に到達できたなんて、夢のようです♪!♪!♪

バイオリンを始めるきっかけとなった、息子の高校の「第九」のビオラは
結局、第九を弾けるレベルには到底到達できなくて断念しました。

せっかく修理して生まれ変わったビオラは、幸いなことに、息子がユース・オケで
時々ビオラに持ち替えたり、他のオケの賛助出演でビオラを弾きに行ったりして
使ってくれるので、ムダにはなりませんでした。

と言うよりは、ビオラが家にあったから、息子も時々ビオラに持ち替えるという
新たな楽しみを発見したという方が正確です。

バイオリンがある程度弾けるようになったら(目安としてスズキ8巻終了)、
私もビオラを再開したいと思っています。

ユーリ・バシュメット・・・
ビオラを主役楽器に、ソロに出来る、鬼才の演奏家です。

生で聴いた彼のリサイタルで、涙なしには聴けなかった、
シューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ」とラヴェルの「泣き王女のためのパヴァーヌ」、
10数年前のその記憶が今よみがえってきます。

ビオラって何て素敵なの、ビロードみたいで、燻し銀みたいで、ぬくもりがあって・・・。
ビオラの美しさを再発見した演奏会でした。

写真はバシュメットのお気に入りの一枚
Bashmet_mycd

  
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2009年05月28日

老体にムチ 長崎にて

たった一日の長崎の仕事から帰ってきた私の姿は変わり果てていました!

なーんちゃって、それは冗談。

でも何かあったことは事実です。

今回の長崎で、私は、何とウォーキングツアーに当ってしまいました。
途中までは市電利用なのですが、主要な部分がすべて徒歩なのです。

大学病院前で市電を降りて、ちょうど長崎大学歯学部の角に差しかかったときです。
お客様の質問に気をとられて小さな段差に気づかず、派手に転んでしまいました。

いやー、痛かったです。すぐには起きられませんでした。
お客様たちが心配して、「大丈夫?大丈夫?」と言ってくれましたが、
「ちょっと、ごめんなさい。すぐには立てないので・・・」と暫くじっとしていました。

ウォーキングツアーが始まった直後のことだったので、
ここでへたばるわけにはいきません。頑張って立ち上がりました!

最初の訪問地が、山王神社の「一本足の鳥居」です。
原爆の爆風で片方の柱が吹っ飛んだままの鳥居です。

バスの車窓からは見たことがありますが、目の前で見るのは初めてでした。
鳥居までの急な階段、痛い足をかばいながら登りました。

冗談ではなく、そのときの私も片足をやられて「一本足」同然でした。

でも、当たり前のことですが、仕事というものの力はすごいです。
自分一人なら諦めてしまうことでも、責任感、使命感が伴うと、
これくらいのことは何とかなってしまうのです。

medical_nagasakiこうして、一本足の鳥居を後にして、
長崎大学医学部に沿って歩き、
正門前で、日本の大学入試事情
について説明しました。

名所旧跡や歴史や地理だけでなく、
こうした日本事情を説明するのも
ある意味、とても大事なことなのです。

というのは、名所旧跡の紹介は
ガイドブックにも書いてありますが、
こうした生の話は、
日本に住む私たちだからだこそ
生き生きと語れるからです。

ちょうど賢そうな学生たちが何人も
付近にいたので、臨場感たっぷりで
説明にも熱が入りました。

このときばかりは、
痛い足のことも忘れて
しゃべりまくりました(笑)


その後、ウォーキングは、浦上天守堂~爆心地~原爆資料館~平和公園と続き、
再び市電に乗って築町で乗りかえるときには、出島と中華街について簡単に説明し、
港が近づいてからグラバー園と三菱重工造船所の話を少しして終わりました。

お客様たちと別れ、遅めの昼食を取り終わった頃、
急にまた足がズキンズキンと痛んできました。
無理して5時間も歩き(立ち)続けたからでしょう。

運よく近くに整形外科があったので、レントゲンを撮ってもらいました。
捻挫と診断され、一週間は長時間歩かないことと書いた診断書をもらい、
足を強力なバンドで固定してもらい、飲み薬と湿布薬をもらってホテルに戻りました。
それから疲れて寝てしまいました。

本当は、この日の夕方頃、いつもこのブログにコメントをくださる
かわさんと会いたかったのですが、都合が合わず実現しませんでした。
でも、もし待ち合わせでもしていたなら申し訳ないことになっていました。
せっかく初めてお会いするなら、調子の良いときの方がいいですもの。

長崎の直後に関東で入っていたツアーもキャンセルしました。

一年か二年に一度くらい転ぶようになってから、かれこれ五六年経つでしょうか。
最初に転んだときは、小学校以来の経験だなあと、遠い昔の記憶がよみがえりましたが、
こうやって転ぶのが三回目位になってくると、流石に、寄る年波には勝てないなあ、
老体にムチ打って無理をしているんだなあと感じます。

でも、私より十歳も年上の人たちでも第一線でバリバリと仕事をされているので
私もこんなことに負けずに元気に頑張らなくてはと思います。

金曜日は久しぶりにヴァイオリンのレッスンがあるので、何とかして行きたいし、
週末には息子が五月祭で弾かせていただくので、這ってでも行きたいです!
  
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2009年04月12日

仕事、音楽、仕事

旅の仕事は春と秋が忙しくなります。一年中で一番の稼ぎ時です。
でも、今年は円高の影響で、4月に受けていたツアーが2本いっぺんに
キャンセルとなりました。
旅の仕事だけで食べている人はキャンセルされると大幅な減収となるので
大変です。若い頃の私がそうでした。

今の私には自分の会社があるので、薄給ながらも定収入があり、
ツアーがキャンセルになっても慌てません。
それどころか、体が少し楽になると言って喜んでいます。

旅の仕事と会社経営。
この2つの仕事の他にも、昔とった杵柄で音楽事務所の海外演奏家招聘業務も
手伝っているので、私は一年中大忙しです。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

その合間を縫って、このほど久しぶりにバイオリンのレッスンと室内楽に
行ってきました。

レッスンでは、スズキの4巻から、
ヴィヴァルディ 協奏曲イ短調の第1+3楽章
J.S. バッハ   ドッペル(二つのバイオリンのための協奏曲)第1楽章(セカンド)
を見ていただいています。

私の先生(息子の先生でもありますが)は、
スズキメソードのすべての先生がそうであるように、
一応弾けるようになった曲でもすぐには〇をくれません。

次の曲、そのまた次の曲に進んでも、2曲か3曲前の曲を平行してやります。
それどころか、しばらくしてだいぶ進んだところで、また古い曲を順番に
引っ張り出してきて、今度はピアノ伴奏テープに合わせて弾けるようになるまで
徹底的にやらされます。

そんなわけで、私はピアノ合わせの曲も含めると、大抵、5~6曲を常に
課題としてかかえている計算になります。

漆塗り方式とでもいいましょうか、同じことを何度でも繰り返しやり、
ある程度進んでからも常に古いところに戻って、より完成度の高いものにするという
ひと手間を忘れないのです。

自分の語学学習においてもこれと同じことをやっていました。
とにかく徹底して反復するのです。
ある本で読んだことですが、音読は50回繰り返すと「質」が変わるそうです。

語学、音楽、算数、やることは違ってもこの原理は共通しているように思います。

息子がバイオリンを勉強する上で、私はこの方法を信頼し
徹底して実行してきました。効果は言わずもがなです。

ところが、いざ自分自身のこととなると、いくら繰り返したとしても、
上手くなれるとはにわかには信じがたい・・・。
やはり、年齢のせいでしょう。弦楽器は小さいときに始めるのが一番です。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

11日(土)の朝は室内楽のアンサンブルに行ってきました。
こちらも2ヶ月ぶりです。
ちょっと顔を出さないうちに、また新しいメンバーが増えていました。

このアンサンブル、平均年齢は50代でしょうか。
とにかく、おばさん、おじさんばかりなのです。
よって、私には居心地が良く、続けていけそうな気がします。

中には国立大学の教授をやっているすごい学者先生もいますが、
そんな彼女もこのアンサンブルでは皆と同じくヴァイオリンを奏でる
ひとりのオバサンです。

専業主婦も、現役サラリーマンも、年金暮らしのオジサンも、教授も、
皆、分け隔てなく演奏に参加し、練習が終わった後は皆でランチを囲んで
四方山話をします。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

11日(土)の夜は、錦糸町のすみだトリフォニーまで
一橋大学管弦楽団のスプリングコンサートを聞きに行きました。

肝心の息子は行く行くと言っておきながら、頭が痛くて布団の中。

私一人で、はるばると聞きに行ったコンサートはなかなか立派なものでした。
一橋大学生を主体として、津田塾、東京女子大、東京学芸大学の学生も加わる
インカレのオーケストラです。

プログラムは、
シュトラウス    喜歌劇「こうもり」序曲
メンデルスゾーン 「真夏の夜の夢」
メンデルスゾーン  交響曲「宗教改革」
  
メンデルスゾーンがユダヤ人で、プロテスタントに改宗していたということを
プログラム解説を読んで初めて知りました。
メンデルスゾーンが尊敬するバッハの対位法の影響がところどころにうかがえる
交響曲で、私は生まれて初めて聞きました。

アンコールはルロイ・アンダーソンの「舞踏会の美女」。

去年からあちこちの演奏会でルロイ・アンダーソンの曲を耳にします。
それもそのはず、2008年はアンダーソン生誕100周年でした。
ボストン生まれ、ハーバード大学卒の作曲家。

ボストン・ポップス・オーケストラの定番のような20世紀アメリカ音楽は、
ヨーロッパの古典ばかり聞き慣れた耳には、新鮮で心地よく響きます。

4年前のクリスマスに息子と旅したボストンで聴いた本場のボストン・ポップスを
懐かしく思い出しました。(あの日のメインはサウンド・オブ・ミュージックでしたが)

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

一夜明けて今日12日(日)の午後は息子のヴァイオリン演奏会でした。
息子は、昨晩の頭痛もどこかへ吹っ飛び、朝から元気にリハーサルに
出かけていきました。

今回の演奏曲は、フランスの作曲家ショーソンの「詩曲」(ポエム)。

解釈も演奏技術も難しい難曲です。
この曲に決めたのが昨年の秋。それから12月まで練習していました。

1月からは受験に専念し、国立後期が終わって再開しようとしたところ、
左手首が不調で(痛くて)、練習どころではありませんでした。

病院で見てもらい、毎日湿布を取り替えたり、とにかく大事にして、
ようやく4月からまた練習を始めました。
そのため、練習不足を心配していましたが、案ずるより産むがやすし。
なかなかの出来栄えでした(親馬鹿)。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

さあ、あと12時間後には沖縄に飛びます!
ですが、実は憂鬱な気持ちなのです。
沖縄でどこを担当するかが明日の夜の打合せまでわからないからです。
クルーズの仕事は大抵いつもそうなのです。

首里城なら3回行ったことがあるのですが、それ以外のところが当たったら
ろくに下見も出来ないまま、ぶっつけ本番です。

以前に、クルーズの仕事で青森と函館を下見なしでやったことがありますが、
そのときは、必要だと思われるありとあらゆる資料をインターネットから
ダウンロードして持っていきました。

青森の三内丸山縄文遺跡のときは30ページほど印刷して持っていき、
ホテルの部屋で深夜まで頑張っても読み終わらず、まして覚えられず、
清水の舞台から飛び降りるつもりで本番を迎えましたから。

あんなストレスは、もうあまりかかえたくありません。

なのに、こともあろうに、水曜日に沖縄から東京に戻るはずだったのに、
今晩電話が入り、沖縄から神戸に飛んで、関西でもう一仕事やることになったのです。

関西の後、東京に戻ると東京地区で3日間で仕事が続き、
その次の日は長崎行きです。

仕事とはいえ、ほんとうに辛いの一言です。

旅の仕事だけならいいのですが、私には会社の仕事もありますから、
両立するのは、ツアーの繁忙期には、並大抵なことではないのです。

でも、両方やってなんぼ。それでやっとご飯が食べられ、息子を大学に
やってやれるし、自分の趣味や勉強もできる、というわけですから、
弱音は吐けません。

でも、実際には、弱音、泣き言ばかり繰り返しています。
とにかく体がついていかない、年をとった、無理はできない、忙し過ぎ、
考え始めると泣きそうになります。

息子からは、まだまだ現役で働いてもらわないと困ると言われます。
ああ、好きな仕事をやりたいときだけやって、後は遊んで暮らせたら
どんなにいいだろうと言う私に、息子は「我侭だ」と決め付けます。

しょうがない!明朝起きたら、旅行カバンを詰めよう。
そして、とにかく行ってこよう。何らかの収穫はあるに違いないから。

でも、今回のクルーズ船が長崎港を離れたら、
ほんとうに自分の受験勉強を再開したい!

高校生の勉強をただやみくもにやっているわけではないのです。
いつか、本当にまた大学に入りたいという夢があります。

そして、一刻も早く思う存分バイオリンを練習したい!
アマオケや学生オケでばりばりと弾ける日を夢見ているのです。
  
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2009年03月29日

旅は続く

旅の途中では更新が滞りがちです。
何より、連日、早朝からディナー終了時まで拘束されるので、時間が足りません!!
(こんなに働く割には報酬少ないなあ)

昨日は安芸の宮島に行ってきました。
もう何十回と足を運んで自分にとっては新鮮味がないですが、
満潮を目指して行ったので、春の潮風が心地よく、あたりには桜も咲き、
お客様はみな大喜びでした。

Itsukushima


厳島神社の大鳥居の前で









早く家に帰って、バイオリンの練習がしたいです!
1月に入会したばかりの室内楽アンサンブルから配られた曲、
まだほとんど手を付けてないのです!

このままだと4月の最初の集まりで弾ける曲がほとんどありません。

ちなみに、手を付けたのは、モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークだけ。
まだ他に、ヴィヴァルディ、ロッシーニ etc があるのです。
どうしようー!!!

息子が受験終わったので、教えてくれるかな??と期待しています♪
息子は初心者の私から見ると、「ヴィルトゥオーゾ」なのです(親馬鹿)。

それに、受講期限の迫った私の東進もまだ残っています。
つくづく焦ることばかりだなあ。
  
Posted by MIKO at