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2014年12月04日

長瀞岩畳の紅葉と自然博物館

長瀞アルプスと宝登山の後、他に何をやりたくて急いでいたかというと、
岩畳、そして埼玉県立自然の博物館を見るためです。

片道3時間半もかけて来たからには、もちろん立ち寄らないとね!
それを見込んで朝5時台に家を出てきたのでした。

宝登山から下山するとそこは長瀞。
岩畳が近づくにつれて、観光客がどんどん増えてきます。

土産物店に混じって射的場さえ並ぶ、典型的な日本の観光地には
いささか興醒めしたものの、ひとたび河原に有名な岩畳が見えてくると、
周りから「わあ〜、すごい〜!」の歓声が聞こえ、テンションが上がります。

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岩畳
荒川沿いに、幅60m、長さ500mにわたって延びています。

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こんな岩(結晶片岩)があります。
白い脈が入っているのです。

脈は、結晶片岩が形成され地表に露出する過程で、
割れ目や隙間に地下水などの流体が入り込み、新たな鉱物が生じたことで
形成されるらしいです。
石英、長石、方解石などがそれらの鉱物を構成しているとのこと。

結晶片岩は長瀞でもっともよく見られる岩石です。

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荒川
東京都内へと注ぐ荒川の源流は、ここより奥の甲武信ヶ岳にありますが、
現在の東京を流れる荒川は、驚くことに、そのほとんどすべてが人工です。

文字通り「荒ぶる川」を、江戸時代から人の手で鎮めてきた歴史があります。

現在東京で「荒川」と呼ばれているのは人工河川の荒川放水路を指し、
隅田川と呼ばれている方が本来の荒川です。

そんな下流での変遷を知らぬかのように、長瀞の荒川は流れています。

秩父赤壁(せきへき)

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ほとんどの観光客はここまで来ないで岩畳の最初だけ見て帰ってしまう。
川沿い(岩畳沿い)に「関東ふれあいの道」を、長瀞駅から上長瀞駅まで
歩くことが出来るのに、実にもったいないことです。

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一部、川を歩けない区間だけ、上に道が通じています。
明るい雑木林の中を行く静かな遊歩道です。

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紅葉のあまりの美しさに、思わず、ああ、長生きしてて良かった!

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紅葉越しに、川を見下ろします。
ああ、幸せ☆

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さて、遊歩道を少し歩いてから再び河原に下りると、
「虎岩」の案内標識が。

「虎岩」とは幅15mほどの結晶片岩の一種で、1916(大正5年)ここを訪れた
宮沢賢治が、「虎岩」を愛でて、こう歌ったそうです。

つくづくと「粋なもやうの博多帯」
荒川岸の片岩の色

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その「虎岩」へ行ってみます。
これのことかな?

これしかない(汗)
だって、虎のシマシマ模様が入っているし、色は茶色と白で、
幅15mほどあったもの。

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さて、この日の締めくくりは、もちろん、埼玉県立自然の博物館です!
虎岩のある河原から上がると直ぐそこです。

「日本地質学発祥の地」なんですよ、長瀞は!

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館内は撮影自由です。
解説がわかりやすく、無料の資料も数々あり、
シニアの解説員もいて、質問に親切に答えてくれます。

日本列島は海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む地点にあります。

ここ秩父の地層は、そのような沈み込んだ場所で高温高圧を受けて、
結晶片岩となりました。
こうして出来た岩石は「広域変成岩」として関東から九州まで細長く分布。

特にここは三波川変成帯と呼ばれ、中央構造線の外帯に接する変成岩帯です。

一方、秩父鉱山に見られるホルンフェルスや大理石は、
マグマの熱で変化した「接触変成岩」だそうです。

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秩父の地層の歴史は、約3億〜1億3,500万年前(石炭紀〜三畳紀)に遡り、
当時は、大海の底にありました。

そのため、放散虫などの死骸が海底に堆積してチャートとなり、
サンゴなどの死骸は石灰岩となりました。

その後、地球の温暖化や寒冷化に伴って、海進や海退を繰り返し、
現在の地形になったので、ここでは海の生物の化石が見られるのです。

「放散虫」という太古の生物も、0.2mmで肉眼では見れないほどなのに、
こんなに大きなモデルが置いてあったので、俄然イメージがわきました!

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海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む部分では、
岩石は強い圧力や熱を受けて、褶曲したりして変成岩となり、
長瀞に多く見られる結晶片岩をつくったのですね。

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さて、自然の博物館には、地質、岩石、鉱物だけだなく、
秩父地方の動植物に関しても詳細な展示解説があります。

これは、イノシシ。
息子が通勤途上でよくイノシシに出くわすと言うので、
イノシシ撃退法(イノシシから身を護る方法)のサイトを教えたほどですが、
あらためて、博物館でイノシシの模型を見て、ああ、恐ろしや。

息子、くれぐれも気をつけてね。

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博物館で1時間ほど過ごした後、上長瀞駅に行く前に、
紅葉の見おさめとして、博物館前の見事な紅葉を撮影しました。

埼玉県には日本に分布する27種のカエデのうち21種が
自生しているそうです。

「カエデ」に関するカラフルな詳細資料を、沢山いただいてきました。

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最高に楽しかった「行って良かった長瀞の旅」が終わり、
上長瀞駅で帰りの電車に乗ります。

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2011年12月11日

皆既月食観察しました!

皆既月食観察会に行ってきました〜

そのために、付け焼刃の事前学習。
天文の知識がゼロに近いのですね。

小学校からやり直すべきだという声が聞こえてきそうです。

それでいいのです。だからこその生涯学習ですから。
この機会に小学生になれることにワクワク歓喜しました。

ドラえもんの漫画(指導/日能研)です。
我が子が小学生のときに買い与えたものです。
子供には読ませておいて、自分は知らんぷりでした。

捨てないでとっておいたお陰で今こうして自分に役立ちました。
月の満ち欠け、自転、月食、星座早見盤の使い方、etc. ・・・・・

何も知らずによくぞ今まで生きてきた。

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事前学習と並行して持ち物の準備。

浴室用マット、ビーチ用ござ、座布団、双眼鏡、星座早見盤、筆記用具、
照明付ルーペ(子供が誕生祝いにくれたもの)、熱いお茶、チョコレート、飴

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21:45 部分月食開始
近くの中学校の校庭で見上げました。

22:00〜22:30
教室で校長先生(地学・天文がご専門)による天体教室を受講

校長先生は2年前の皆既日食の観察ツアーに行かれたそうで、
そのときの素晴らしい写真も見せてくださいました。

2年前の皆既日食と言えば、個人的に様々な思い出と結びついています。

太平洋上の皆既日食観察の海外クルーズ団体と鹿児島ツアーをしたのです。
溶岩台地でのハプニング、ニューヨーク天文台の学者から頼まれて購入した
皆既日食の公式ポスターが本人のもとに届かなかったトラブル、
ブログ友みおさんとの再会と食事、維新ふるさと館、夜の観覧車、etc

ブログ友達との再会(2009年7月21日)
皆既日食と、チップの話(2009年7月23日) 

余談でしたが、そんな2009年の観測にも出かけられた先生のお話です。
大人、子供、大勢が参加した天体教室は、楽しいひとときになりました。

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プリントが配られ、クイズ形式で話が進められる中で、

問1) 月は自転している? していない?
-  「していない」を選んだ大人や子供が結構いた

問2) 月の満ち欠けの周期は何日でしょうか?
-  「27.3日より短い」を選んだ大人や子供がいた

問3) 月食は世界的にどのくらい起きているのでしょう?
-  「年に12回くらい」や「年に24回くらい」を選んだ大人や子供がいた

・・・・・・・
などに、いちいち笑いましたが、
ドラえもんで緊急学習したぐらいだから、自分の知識も五十歩百歩(汗)

それにしても、月食が年に12回とか24回は、微笑ましかったなあ〜
そんなに頻繁に起きているなら、大騒ぎして集まったりしないものねえ。
って、年に2回を選んだ自分も、たまたま当日の下調べで知ったのでした。



教室が終わると再び校庭に出て、持参したマットやござや座布団で、
これから1時間を過ごす環境を出来る限り心地良いものにするべく整える。

22:46 部分月食開始から約1時間後

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22:57 部分月食がかなり進みました。

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拡大すると、ウサギらしきものが見える。

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23:03 あと3分で皆既月食が始まります。

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23:05 皆既月食が始まりました。

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23:31 皆既月食が最大になりました。

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携帯電話のカメラ機能で撮ったので、これだけ写れば上等。
まさに自己満足の世界です。

ここでひとつ不思議なこと。
皆既月食の月は赤銅色に見えるのに、双眼鏡では乳白色なのです。
マットな光沢の乳白色は、そう、大粒の真珠と間違えるほどでした。

月の他には、オリオン座がよく見えてうれしかった〜

他にも無数の星座が見えたけれど、一番気になったのは南西の方角で
たったひとり孤立して明るく輝く星! 星座早見盤にもないしなあ。

あれは惑星? 木星? じゃ、ないか? 謎のまま。

そうそう、観察中に、2回も流れ星を見ました!

14日の深夜には、ふたご座流星群が極大を迎えるそうですね。


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2011年12月10日

12月10日は皆既月食(羽田でも観望会!)

12月8日(木)、送迎の手伝いで羽田国際線ターミナルに行ってきました。
オープンして1年2ヶ月も経つのに、国際線に行くのは初めてです。

そこで、早目に行ってターミナルの下見をしました。
今回は出迎えなのでゆとりがありますが、空港送りがいきなり初めての場所だと
添乗員としては大変不安になるので、この機会に下見をしておいたわけです。

まずは川崎から京急に乗って国際線ターミナルへ。
京急の到着ホームには、東京国立博物館のガンダーラ美術のポスターが貼られ、
格調高い、落ち着いた雰囲気がただよっていました。

インド・ガンダーラ彫刻展示(2011年12月25日まで)


エスカレーターを上がって改札を出ると、そこが国際線到着階でした。
 到着階(2F)のクリスマスツリー

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出発階(3F)も見学しました。
2Fから吹き抜けになっている部分に、ツリーの頭が見えます。

チェックインカウンターは、中央部をはさんで両端が団体専用です。
どこも似たようなものです。

発着便共に、ほとんどがアジア路線ですね。
欧州線は空港当局から認可され得る発着の時間帯が非現実的な時間しかないから
という話を、某欧州系航空会社の幹部が来日した折に聞きました。

なるほど、丑三つ時に出発したり到着したりするのじゃ利用できませんものね。

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出発階中央のエスカレーターを上がったところの4Fは商業施設で、
「江戸」の粋なカラーでまとめられています。

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突き当りの壁を飾る、茶系と黒のコーディネイトなど、典型的な江戸色ですね。

参考までに: 江戸の色彩(羽田国際線「江戸小路」)

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一方、同じ「江戸」でも、こちらは白壁に黒塗の木壁と格子戸で、
きりっと引き締まった感じです。

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さて、このさらに上の、5F展望デッキ「月見台」に案内版がありました。

12月10日(土)19時〜23時
皆既月食の観望会(観覧無料)

詳細は、天体観望会


オープンして1年2カ月の国際線ターミナル見物を兼ねて、いかがでしょうか。


水道橋の東京ドームホテルで送迎の手伝いが終わりました。
 東京ドームホテルのクリスマスツリー

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中途半端な時間で昼食の機会を逸してしまったので、
帰り道に、「さぼてん」でヒレかつ定食(100g)を注文しました。

昼夜兼用です。
ご飯は麦飯を選び、100円プラスして、とろろを付けてもらいました。
キャベツ、麦飯、赤出し、すべておかわり自由で、とろろも含めて1,580円。

私にしてはかなりな贅沢です。
でも、元気つけなくっちゃね!と贅沢を許しました。

お手伝いして、少しばかり報酬をいただけるので☆

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12月10日の皆既月食、さすがにまた羽田に行くわけにはいかないので、
近所の観察会に行こうか、どうしようかと、悩み中です。

取りあえず、子供の小学校のときの星座盤を出してきました。
それと、双眼鏡も!

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ところが、そもそも双眼鏡を使いこなせるかどうか自信がないのです。

事前に練習してみました。
ああ、もうまったくダメですね〜
老眼なので、双眼鏡をのぞいても、うまく見えないのです。

メガネをかければ良いのかな?と思って試してみたのですが、それもダメ。
むしろメガネを使わない方が、まだマシ。

いずれにしても、双眼鏡を持つ手がほんのかすかに震えるだけで、
目指すものがレンズの視界から外れてしまい、再び捕まえるのが難儀です。

天体観察なんて、生まれて初めての挑戦です。
しかも、真冬の夜中なんて! 凍えるほどに寒いだろうなあ。

これも、苦手な地学(天文)の勉強のためです。
行こうかどうか、真剣に迷っています。


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2011年11月03日

相模川から津久井湖へウォーキング3(発電、エネルギー)

相模川から津久井湖へウォーキング1(河岸段丘)
相模川から津久井湖へウォーキング2(川、岩石、扇状地)の続きです。


今回は最終回で少々長くなりますが、中ほどより下に、
津久井湖の神秘的な景観の写真を6点載せていますので是非ご覧ください。


城山ダムの区域に差し掛かると、
思いがけず左手に「城山ソーラーガーデン」が見えてきました。

太陽光発電普及の試みとして平成10年に設置された発電規模80kWの施設です。

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クリーンエネルギーであるとの評価のある太陽光エネルギーですが、
果たして十分なエネルギーを供給できるかと言えば、否です。

太陽光はお天気次第、また夜間や日の短い冬期には供給量が減ります。
年中安定した供給量を保てないというデメリットがあります。

さらにパネルを設置する場所にも限界があるでしょう。
仮に日本中の全部の家の屋根にソーラーパネルを設置したとしても、
その面積は国土の1%にも満たず、しかもそこで集められる太陽光のすべてが
効率よく電化されるわけではないそうです。

風力にしても地熱にしても、克服すべき問題がまだまだあるようです。

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さて、また地図です。
今度は城山ダムが地図の右下に来ています。

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城山ダムに着きました!
折から放水中の光景を見ることができました。

相模川を堰き止めて作ったダムです。
堤高 75m
重力式コンクリートダム
竣工 1965年
出力 250,000kW
目的 相模川の洪水調節、横浜市、相模原市、川崎市、湘南地域への
   上水道と工業用水の供給、発電(揚水発電)

揚水発電が一般の水力発電と異なるのは、電力の需要が少ない夜間に
電気を使って水を高地に引揚げ、電力の需要の多い昼間に、その水を使って
水力発電を行う点で、電力の需給バランスを保つのに貢献しています。

揚水発電所はふつうは電力会社主体により運営されるものですが、
この城山ダムは神奈川県が主体となって運営されています。

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ダムの後方に津久井湖が見えます。

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ダムを作るために、
いくつかの村が湖底に沈んだのです。

水力発電は元々の自然を破壊することの上に成り立っています。
複雑な気持ちになります。

津久井湖のレポートに進む前に、受験地理の知識を少々。

日本の電力供給源は近年において大きく変化しています。
1950年代に主力だった水力発電が、60年代に火力に逆転されました。

【理由】
1. 高度成長期に、より効率の良い発電方法が求められる中で、
一定の地理的条件を満たす広大な場所を必要とする水力発電は非効率的
2. 建設に莫大な費用がかかる
3. 自然破壊、村の水没による社会的コストが大きい
4. 電力消費量の多い大都市や工業地帯まで遠いことによる送電上の問題

電気はあまり保存がきかないので、燃料が近くにあり、また生産した電力を
すぐに供給できる臨海地区で火力発電が行われるのは当然の成り行きですね。

でも、オイルショックを契機に、80年代から火力発電にも衰えが見られ、
代わりに原子力発電所の建設が相次ぎました。

【現在のエネルギーと電力の供給割合】
水力8%、原子力29%、火力62%(石油13%、石炭27%、LPG22%)、その他1%

【日本のエネルギー自給率】
たったの4% !(水力、太陽光、地熱、バイオマス)。
石油、石炭、液化天然ガス(LNG)、原子力の燃料ウランは、ほぼ全部輸入です。
「エネルギー白書」による)


やっと、津久井湖に着きました!
 
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三井(みい)大橋より(↓)

それにしても美しい眺めです。
湖に沈んだ村の人々の、郷土への叫ぶ想いを、せめて償おうと、
精一杯に美しい姿でたたずんでいるようです。

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三井大橋に平行して歩行者専用橋が目下建設中でした。

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三井大橋の後、名手(なで)橋まで山の中を歩きます。(緑の線)

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名手(なで)橋の左側の景色

左に見えるあの山の中を通る515線を歩いてきました。
車1台がやっと通れるほどの狭い道ですが、全面通行止めとなっています。

人影がまったくなく、ときおり鳥か野生動物のしわざか、
カサカサっと枝葉や繁みが騒ぐと、どきっとして音のした方に目をやる・・・。

そんな、一人だったら昼間でも怖くて歩けないと思える道でした。

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515線は木が繁茂しているため眼下の湖は望めません。

ところが、通行止めの区間が終わり、人家がまばらに建つ部落を通り抜け、
角を曲がり、この吊り橋を少し渡ったとたんに、が〜んと胸を打たれたのです。

忽然と現れた美しい景観に衝撃を受けたことは前にもあります。
大正池を過ぎて角を曲がった瞬間に、屏風のごとく輝きながら高く聳え連なる
穂高連峰を見たときです。

あの上高地の衝撃とは比べられないにしても、徒歩で来られる範囲に、
かかる美しい景観が隠されていたことに、驚きと感動を隠せませんでした。

そこに、脱都会派、自然志向の人々が粋な居を構えていることも驚きでした。
電車など問題外、バス停や小中学校や商店ですらも大変に遠いというのに。

そしてこれは神奈川県と東京都のほぼ境目にあたります。

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今度は名手橋の右側(↓)です。

ここに来て子供がもらした言葉。
「ある意味、津久井湖の方が相模湖よりもはるかに神秘的だ。」

私もこれほど神秘的な湖をあまり見たことがありません。
ザルツカンマーグートですらもっと明るい開けた印象を持ちましたから。

左右の山のふところに抱かれて、ひっそりと静まり返る空間は、
不気味なくらいに神秘をたたえていました。

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相模川(津久井湖)はここで、大きく蛇行しているのです。
そのことがことさらに美しさを際立たせているのでしょうか。

4時になろうとしていました。
明るいうちに相模湖に着くのは無理と判断しました。

名手橋からだいぶ歩いて大通りに出ると、ちょうどそこへバスが来たので
三ヶ木まで乗っていきました。

バスの中で携帯電話が鳴りました。
今日送ったメールはきわめて急ぎの案件だと言うのです。
ウォーキングの途中でネットに繋いだときにそのメールは既に見ていました。

そうか、それほどに急ぎなんだ、家に帰ってからでは遅いんだ。
そこでバスの中で手紙の文章を練って下書きすることにしました。

三ヶ木で降りて相模湖行きのバスに乗り換えると、まもなく、
帝京大学薬学部の学生さんたちでガラガラのバスが満杯になりました。

そして、走っている途中に真っ暗になりました。
暗闇でも車窓からわずかに相模湖の湖水が見えてきました。

ここにJR中央線が通っています。
相模湖駅前でバスを降りると再度パソコンを開いて手紙を打ち込み、送信しました。

この日は、思う存分にウォーキングを楽しめただけでなく、
地理や地学の好きな子供と一緒だったおかげで、色々なことを教えてもらえて、
とても勉強になったし、また後々の生涯学習のためにも大きな刺激となりました。

歩数合計: 35,286歩
意外に少ないのには驚きましたが。


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2011年10月31日

相模川から津久井湖へウォーキング2(川、岩石、扇状地)

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「相模湖から津久井湖へのウォーキング1(河岸段丘)の続きです。

このウォーキングの翌日、子供がオーケストラの練習に出かけた後、
思いがけず、私の勉強机に伊勢丹の紙袋が置いてあるのを発見しました。

可愛い花模様の照明付きルーペと、猫のメタル製しおりが入っていました。
封書の手紙も添えられていました。

誕生日から1週間たって、
ケーキとウォーキングに続く、子供からの優しい思いやり、第3弾でした。


10月28日(金)のウォーキングに戻ります。
崖を降りた私達は、いよいよ相模川の河原に着きました。

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11時45分、キラキラ輝きながら流れる相模川のほとりで休憩しました。

真昼の太陽の熱かったこと!

ウォーキング先でも仕事をするために持ってきたノートパソコン。
その黒いケースが太陽熱を吸収するので、子供が、
「パソコン、体の陰に置いた方が良いよ。」と注意してくれました。

ごつごつの石の上で痛いお尻を我慢しながら、お弁当を食べました。

降りてきたばかりの絶壁の方に目をやれば、

名も知らぬ鳥が一羽、この世の苦労を何一つ知らぬかのように悠々と飛行中。
一方で、白と黄の蝶々が、鬼ごっこのように、ひらひらひらひらと舞っています。

こんなのどかな光景を前にして、親子で口をそろえて、
「ああ、幸せ! こんな良いところに来れて、本当にうれしい!」と喜び合いました。

日常を離れた別の空間がそこにはありました。

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流れは意外に早いのです!!

ここで相模川について少し。
山梨県南都留郡山中湖村、富士五湖の一つである山中湖を源流とする。

水源の標高 981m
全長 109km
流域面積 1,680km²
山梨県、神奈川県を流れる、相模川水系の本流(一級河川)

富士吉田、大月を流れ、相模湖津久井湖のダム湖を経て、
ゆるやかに進路を変え、厚木から南に下り、平塚、茅ヶ崎で相模湾に注ぐ。

神奈川県の重要な水源でもあります。

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石ころはかなり大きいです。

子供に岩石の名前を言えるかと聞きました。
センターで地学を受験した子供も、実物の岩石を観察したわけではないので、
残念ながらノーコメントでした。

私も歩くことが目的で、岩石観察のことなど思いもよらなかったので何の準備もなく、
また岩石採集もせず、いつの日かの(期限なしの)宿題としました。

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それでもやはり気になったので、帰宅後少しだけ調べました。

相模川では、丹沢起源と富士火山起源の岩石が目立つ。
安山岩、玄武岩などの火成岩が多い点が、荒川や多摩川とは大きく異なる。
もちろん堆積岩や変成岩もあり、風化に強い石英も多く残っている。

後学のためにひとつだけサイトを掲載しておきます。
相模川の代表的な小石
国立科学博物館のものです。

それから、非常に興味深い記事を見つけたので、こちらも是非。
開催授業:SAND FOR STUDENTS
これは「砂から見える地球の歴史」という、参加型プログラムのサイトです。

岩石は地質を、地質は地球の歴史を伝えているわけで、
これまではちっとも覚えられないとただ文句ばかり言っていた岩石の知識も、
ロマンを感じて実際の石ころを見てみれば楽しいかもしれないと思えてきました。

sagatsukumap



















お弁当を食べ終わり、平和な喜びに浸った後、
12時10分にウォーキングを再開しました。

もっとゆっくりしたいところですが、
相模湖までの遠さを考えると、先を急がなければなりません。

この記事に書くのは、相模川河原から大きな橋を渡って少し行ったところにある
川尻石器時代遺跡までで、地図で言うと、青の線の部分です。

まずは橋を目指します。

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近いように見えて結構遠く、途中、川より一段高い場所を行くことになります。

木々の隙間から相模川が見えます。

真昼の太陽もあまり届かない、薄暗い道です。
途中、木漏れ陽のするベンチで、子供が束の間の昼寝をしました。

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気がつくと、いつの間にかまた下の川べりを歩いていました。
橋が目の前に迫りました。

下の橋は河岸段丘の下の段を結ぶもの、上のはひとつ上の段を結ぶものです。

上の橋へ通じる道はわかりにくく、急な坂を登ることになりました。

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上の橋を渡ると、路線バスや大型トラックの走る、
相模原市のふつうの町が広がっていました。

強い日差しの中、交通量の多い道を歩くのは辛い時間でした。
持ってきたカーディガンを着ることはなく、シャツだけで汗ばみました。

縄文遺跡

途中に思いがけず、「川尻石器時代遺跡」の立て看板を見つけました。
縄文時代にはここが相模川扇状地の頂点だったというのです。

つまりは15,000年前の相模川は関東山地から出てこの高台を流れていたのです。
河岸段丘の形成につれて、河川敷がどんどん低くなってきたわけです。

なるほど。当たり前のことながらも、これはすごい!と感動しました。

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この扇状地に由来する河岸段丘の台地に、富士山や箱根山からの噴出物が堆積し、
いわゆる関東ローム層(火山灰層)が出来ました。

ここに縄文人が集落を築き、石器を使用して生活を営んでいたというのです。

同じ関東ローム層の赤城山麓岩宿に相沢忠洋が旧石器文化を発見したことは
周知の事実ですが、ここ相模原台地においても旧石器・石器文化が存在したとは!

遺跡は予定外だったので見学はしませんでした。
相模原市観光協会のサイトを掲載しておきます。川尻石器時代遺跡

見学だけなら、その気になればバスでいつでも簡単に来られますので。

それよりも、目指す相模湖まで、まだまだ距離があります。
汗かきかき日焼けしながら、次なる目標(城山ダム津久井湖)に向かいます!

(第3回に続く)


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2011年10月29日

相模川から津久井湖へウォーキング1(河岸段丘)

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誕生日より5日遅れで、子供がケーキを買ってくれました。
それだけでなく、「今度どこか一緒に行こう!」と嬉しいことを言ってくれます。

そこで、日帰りウォーキングの楽しめる場所をリクエストしました。
一人では行けないところに一緒に行ってくれるなんて、何よりのプレゼントです。

子供が提案し、私が賛成したのが、
相模川中流域から、津久井湖、相模湖へいたるルートです。

10月28日(金)
まずは電車でJR横浜線と京王相模原線が合流する橋本駅に行きました。
そこを出発点として相模湖まで歩く予定なのです。

かなりな強行軍です。
途中でぐずぐずしていたら日没前に相模湖へ着けるかどうか微妙です。

この地図の左端は城山ダムと津久井湖で終わっていますが、
その西にさらに津久井湖が長く伸び、相模湖はそのまたずっと先ですから。

ちなみに本記事で歩いた部分は、
地図中の黒い線、相模川到達寸前まで(青と緑の部分は次回以降に書きます)。

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橋本から少し歩くと、相模原金属団地があります。
板金加工工作機械メーカーの仕事で、過去に何度も来たことがあります。

原発風評さえなければ、5月にもまたきっと来るはずでした。
ツアーがキャンセルされたため、工場視察の予定も流れました。

余談ですが、これらの板金工場にはブラジル女性のパートが進出しています。
壁にはポルトガル語で機械の操作方法や安全喚起の標語などが貼ってあります。

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金属工業団地が終わるあたりに、相模原北公園がありました。
人工の水辺の広場を囲んで、秋バラが満開でした。

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公園の辺りから、河岸段丘が始まります。
下へ下へと続く坂道や階段が随所にあり、途中、段状の広々とした台地には
野菜畑が続いています。園芸や果樹栽培も見られました。

ここでは、丹沢がぐんと迫ってくるような勢いです。
その代わり富士山はその向こうに姿を隠してしまっています。

ここで河岸段丘のことに触れておきます。
地理でも地学でも頻出テーマなので

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上のイラストはウェブサイト「河岸段丘はなぜできた」から転載させていただきました。


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上の模式図は、私の敬愛する山岡信幸先生のブログ「山岡の地理B準備室」
先生の著書『山岡の地理B教室Part1』から転載させていただきました。

相模川においては大月より下流に河岸段丘が分布し、
ここ相模原市緑区から下流には、相模川が作った扇状地が隆起して形成された
洪積台地である、相模原台地が広がっています。

この相模原台地を、相模川が丹沢山地と高尾山・陣馬山などの間を縫って刻み、
再び河岸段丘を形成しているのです。

2年前には高尾山頂上から眼下に河岸段丘の広がる光景を望みました。


さて、だいぶ降りてきたつもりでも、藪の間から向こうをのぞくと、
相模川は今にも届きそうでいて、なかなか届きません。

絶壁の上から撮ったこの写真の中ほどを
相模川が流れているのが薄っすらと見えます。

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この写真を私が撮っているとき、
スペインに留学中の「娘」(子供の彼女)からSkype電話がありました。
スイス小旅行から帰ってきたばかりです。

「今、母親の還暦祝いにウォーキングに来ているんだ。いいところだよ〜。」
などと、楽しそうに話していました。


さて、絶壁を河原へと降りる道があるはずなのですが、
なかなか見つかりません。

土地の人と思われる年配夫婦に聞いてみました。
その結果また遠回りすることになりました。

集落に戻ると、庭先にみかんや柿がたわわに実っています。
とてものどかで温かい秋晴れの日でした。

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sagkaganie


















そうこうするうち、下り坂がありました。
河岸段丘は下の段ほど新しく、上に積み上がっているのが古い段です。
いよいよ最終段階である崖を降りていくことになります。

藪におおわれたところに、けもの道かと思うような
狭くて急でぐねぐれ折れ曲がった道が見えてきました。

この道が違っていたら、再びまた昇ってこなくてはいけないのを覚悟して、
降り始めました。

途中、崖から湧き水が出ていました。

wakimizu



















こうゆう湧き水を「やつぼ」と呼ぶと、この石碑に刻んでありました。
この崖の下に、昔、対岸と結ぶ渡し船の乗り場があったそうです。

yatsubo






















さらに降りて行くと木橋がありました。
子供が渡ってみましたが、渡らなくても別の道があることがわかったので、
私はほっとしました。

hashi




















河原まであと少しです!

(第2回に続く)


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Posted by MIKO at

2011年08月01日

駿台全国マーク模試を終えて。理科の悩み。

ああ、楽しかった!! (地学を除く)
これが、7月31日(日)、駿台全国マーク模試を受けてきた感想です。

その割には、ちっとも出来ていないのですが、
いいのです、そんなこと!
また受けたい! 今度こそは! って、目標を持つことが、
わくわくする気持ちを持続させてくれます!

自己採点をしました。
まあ、酷いの何のって!!
とてもじゃないけれど、今はまだ点数を書けません!!
平均点や偏差値が出てからでないと、客観的になれないので。

でも、数2Bが、自己最高(爆)
と言っても、これまでが8点〜20点台だったのだから、想像がつきますね。

人の点数と比較したって何の意味もありません。
敵は自分自身の中にいます。

自分なりにほんのちょっとでも前進していれば、
仮にそれがたまたま今回の試験での点数に現れていなくても、
自分自身に打ち勝っていると、ウレシク思うべきです。

ただ、7月に5日間だけかじった数列は、残念ながら白紙で出しました。
だって、いきなり冒頭から「漸化式」って書いてあったのだもの。
そんなに直ぐにはまだ無理無理と思って、諦めました。

他のところで少しずつ点をかき集めました。
でも、ほとんどが1点問題です(一部、2点、3点も)。
4点問題はまるで手つかず、
あ、そんなことはない、積分で一個だけ4点取れてた〜。

数1Aでは、試験の最中に急に頭が真っ白になって全滅した問題、
昨夜、帰宅後すぐにやり直したら、スラスラ出来ました。

そのことを子供に報告すると、
「今はそれでいい。今は基礎力をつけていくことが大事。
後は慣れだから、少し先になってセンター問題を何十年分も解きまくれば、
必ず出来るようになる!」
と励まされました。

英語(筆記)! 
本番のセンターよりも、レベルがかなり高いです。

去年の7月25日の駿台全国マーク模試でもそうだったのですが、
いつもなら時間の余る英語が、駿台全国マークでは時間が足りません!

終了間際に最後の段落整序のマーク欄を塗ったという綱渡りものでした。

そんな風だから、大問6番の中のNOT mentioned のものを選べという問題、
指示文もろくに読まず、一番正しそうなものをマークしちゃったりしてねえ。
正しそうなものが複数あるからおかしいなあ??と疑うゆとりもないまま。

終了の合図と同時に、NOT の文字が目に入って、「ああ、やってしまったー!」

大問6は配点が高いので、いつもは絶対に落とさないよう吟味するのですが、
今回はやっつけ仕事に終わりました。

教訓と作戦!
センター本番や、東進、河合、代ゼミ、駿台高2では順番通りに解けば良いが、
駿台全国マークだけは、先に大問6をやって、確実に点を取っておくこと!

国語!
もう最低!
いつもなら、漢字、5問ぜんぶ正解、もしくは4問正解できるのに、
今回はその反対! 5問中1問しか出来ませんでした〜〜!

漢字がそんな風だから、他は言わずもがなです。
ちなみに、論説はいつもは得意なのに、今回は超・激・難しくて、ボロボロ!
逆に、苦手な、小説の方が良かったという、何とも不思議なことに。
古文と漢文はまだ本気で勉強していないので、伸び代は十分に?あります。

日本史B
これはまあ許せる点数。
でも、今年のセンター本番よりは、down

子供に報告すると、
子供も、センター日本史は、現役時、97点、浪人時、80点台に下がったので、
そのときによって、問題の運があるのはしょうがないとのことでした。

世界史B
2年前にちょっとかじった後、すっかり放置してあって、
ついこの7月に再開したばかりなので、まあ、こんなものか。 頑張ります!

地学!
チンプンカンプンで、問題文の意味さえ解らないものが大半でした。
(いつものことですが・・・)

だから、毎回、地学を受ける度に、
「もうイヤ! 試験が苦痛! 楽しくない! 生物に変えたい!」と騒いでいます。
(もっとも、生物がどんなものかを、ちっとも知らないのですが ・・・・・)

そこで、模試の帰り、また生物の参考書を買ってしまいました。

以前にも、同じ理由で生物の本を買ってきたのですが、
開きもしないうちに気が変わって、新品のままブックオフに売ったので。

ああ、また買ってしまいました。
今度は、例の、あの、ちょっと恥ずかしいイラストの黄表紙が目立つシリーズです。

このことを子供に報告すると、子供はそれを遮るかのように、

「アイソスタシーとか!! 密度とか!!
そんな基本的なことさえ、意味を理解していないようでは、

ただ単に、勉強していないだけ!!!


参考書1冊完璧にすれば、地学なら安定して8割は取れる!
取れなければ、勉強の仕方が間違っている!

解らなければ、俺が教えてやるから、地学のままにしとけ!」

と、叱られました(涙)

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一にも二にも数学、次、社会、 ・・・・・・・ というわけで、
毎回軽視されている理科です。

数学は楽しくて気が進むのですが、理科だけは、本当に難しい!

先週のウォーキングより。 トマト。

tomato1  
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