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2016年05月12日

母の日のプレゼント

5月8日(日)、東銀座でたった1分子供と会ったのには双方に訳が。
母の理由は、ある書類に直筆の署名をもらうためと、川越の麩菓子を渡すため。
子の理由は、母の日のプレゼントを渡すため。

こうして、麩菓子とプレゼントの物々交換。
家に帰ってから袋を開けると、こんなものが入っていました〜
気軽に着られる夏の簡単ドレスが、3着!!!
好みの色・柄だわ。

最近27歳になった子供への誕生日プレゼントはまだ。
何にしようか、ちっとも決まらない。

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2012年11月25日

幼稚園視察と幼稚園お弁当文化とマレーシアの人たち

ディズニーリゾート発のお仕事の主たる目的は、実は幼稚園の視察でした。
マレーシア教育省主催による、幼稚園関係者の団体。
教育省のお役人数名(女性)他、総勢44名のお客様を2日間に渡りお世話しました。

    

都内の2つの幼稚園を見学させていただきました。
マレーシアの幼稚園の先生方は、全員英語が達者です。

保護者への授業料軽減措置、区や都からの園に対する財政補助のこと、
教育方針、カリキュラム、課外活動、読書き算数教育の導入の有無はもとより、
無認可幼稚園や保育園のことなど、多岐にわたって質問が飛び交いました。

kindergarden
















イスラム商人がやってくると、仏教が姿を消して回教国となり、
ヨーロッパ人が大航海に乗り出してから以後は、
ポルトガル、続いてオランダ、そしてイギリスの支配下に置かれた国。
マレー系、中国系、インド系など、様々な人種が混じり合う国。

波乱に富んだ歴史を歩んできた国です。

  

さて、幼稚園で見たお弁当の光景が皆さんにとってよほど新鮮だったらしく、
園を出た後も、しばらくはその話題でもちきりでした。

そこで私は、夜、家に帰ると、息子のお弁当のために使ったもの一式を出してきて、
翌日のツアーに持っていきました。

bento_kinder


















お弁当箱、小物、手づくりのお弁当箱袋、お弁当の雑誌など。

皆さんによく見ていただけるよう、これらをバスの中で回覧したところ、
食材や調味料のことや、お弁当グッズを買えるお店を聞かれたり、
また袋物を裏返して作り方を調べる方などがいらっしゃいました☆

日本のお弁当というものは、どうやら日本独特の文化のようですね。
毎日苦労してお弁当を作っていた、息子の幼稚園時代を懐かしみました。

20日の昼食は、汐留ボンベイクラブ(インド料理)でした

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ほとんどの方が、ムスリム(イスラム教徒)です。
イスラム教徒というと、とかく、テロとか過激派と結び付けられがちですが、
本来、イスラム教徒は、平和を愛する、穏やかで、勤勉な人たちだそうです。

ツアー中でもお祈りを欠かしません。

自然で、温かくて、人なつっこい方ばかり!!

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お別れするときには、44名全員から代わる代わる抱きしめられ
次々に乞われたため、持っていった名刺がすべてなくなりました。

帰国後には、たくさん、たくさんのメールが来ることでしょう♪

ある方からマレーシアのインスタントヌードルを沢山いただいたので、
さっそく家に帰って作ってみました☆

鶏肉がなかったので、エビを入れてみましたが、なかなか美味でした☆

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2012年05月17日

保育園連絡帳の思い出+勉強記録第63日目

「娘」 (娘のように愛おしい、息子の彼女) のお母さんから、
昨日、こんなメールと写真が届きました!!

「保育園時代の連絡帳です。
カバーは私の手作りです。 内容は抱腹絶倒です。」


「娘」とお姉ちゃんが、0歳児〜2歳児だったときのものですね〜

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一生懸命に娘たちを育てたお母さんの愛情が伝わってきます

私が先日、息子の赤ちゃん時代の手作りのことを書いたので、それで、
お母さんったら、ふと思い立って、写真送ってくれたのかなあ?!☆♪

そこで、私も、負けずに、押入れの中を引っくり返して、
息子の保育園時代の連絡帳を見つけて、写真撮りました(笑)

つぼみ組(0歳児)、つくし組(1歳児)のものです。
表紙カバー、手作りではありませんが・・・。

秋祭りの模擬店チケットは、私が役員としてデザインして、
子供たち全員分を作りました☆

renrakuchor



















0歳児、入園後3日目の、先生からの連絡
36.8℃
牛乳をのんでいる時に、もうねむくなってしまい、ベッドに入りましたら、
コロンと寝てしまいました。
起きてからは、ご機嫌であそんでいました。
食事は、口から、ペーと出して、あまり食べませんでした。

3週間目の、先生からの連絡
36.7℃
だんだんと朝の早い生活にも慣れてくるでしょうね!
今日は朝からねむたそうで、おやつ後、コロンとねました。
友達にも目がむけられるようになり、友達のいるところへ行って、
頭をポンポンたたいたりしています。
又、友達のやっていることを真似するようになり、
J君が食事中に机をポンポンたたいていると、それを見て
ポンポンとたたいていましたヨ!

一年後、1歳児、初日、先生からの連絡
近くにいる保育園児を見つけて、
つぼみ組の子ども達のことを思っていたのですね!
うれしくなってしまいます。
新しいお友達のY子ちゃんが保母に抱っこされて泣いていると、
「いい子」と、頭をなでていましたヨ!
とてもお兄さんに見えた1日でしたヨ!


こんなときもあった子供に、とっくの昔に、
背丈も、学力も、何もかも、追い越されてしまいました。

「お母さん、一生、数学をやらずに人生を終えるつもり?
一度はやった方がいいよ!」


と薦められて始めた、高校数学。
おとろえた頭と、年々悪くなる視力、その他のハンデと闘って、
なかなか思うように、学力が伸びません。

けれども、見るのも嫌だった確率を、
じっくり考えてみるという姿勢だけは身についてきました。
先日来、「ミニ確率」として細切れにやってきた、1996年センターの確率、
25の数字カードの問題、全問正解でした。
まあ、実際の試験では、こんなに悠長にやっていられませんけれどね。

センター数学に対処できるための、
瞬時の判断力
正確な計算力
処理スピード
これらを身につけるのは、容易なことではありません。
これから先も、長い長い道のりであることを、覚悟しています。

では、昨日の勉強記録です。
【第63日目】2012年5月16日(水)

数学
センター過去問
1998 1A(追試) 数列
2000 1A(本試) 数列
2009 1A 二次関数
2009 1A 図形
2009 1A 確率

理科
『リードα 物理』 運動の表し方

社会
『センター試験への道 日本史』 開国と幕末の動乱 + 教科書
『センター試験への道 世界史』 古代中国社会  + 教科書

国語
『マドンナ 古文単語230』
『マドンナ 古文常識217』
『古典文法をはじめからていねいに』 「なり」の識別
『漢文ヤマのヤマ』
『現代文キーワード読解』
『出口 銀の漢字』


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2012年05月11日

赤ちゃんのときの思い出(手作りの楽しみ☆)

子供の日と誕生日が接近している我が家。
今年は鎧兜も飾ってやらなかったし、プレゼントもあげなかったけれど、
母はちゃんとお前のことを見守っているのですよ。

な〜んちゃって、がらにもないことを。

でも、これだけは確か。
GWに、久しぶりも久しぶりも何年ぶり?
ふと、赤ちゃんのときのアルバムを出してきました。

生後およそ1ヶ月のとき。
これを見て思い出したのですが、この布団カバー、手作りしていました〜

グレーの水玉の生地に、グレーのサテンの幅広リボンと白の綿レースを縫いつけてね。
デザインも作り方も、すべて自己流、テキトーです。

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同じ生地で、ベビー服も作ったのですね。

ブラウスの襟に白の綿レースをつけて、グレーのサテンの細いリボンをつけて。
も、もちろん、ブラウスだけじゃなくて、おそろいのパンツもありますよ!

男の子は水色、女の子はピンクと相場が決まった、
いかにも赤ちゃん向けのデザインは嫌だったのです。

男の子でも女の子でも着られる、落ち着いた、都会的グレーのベビー服に
あこがれる母でした。

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こちらは首が座っているところを見ると、生後2ヶ月ちょっとかな?

うつぶせ寝んねだったので、すやすやと本当に良く寝てくれて、
早くから運動神経がすこぶる発達しました。

この日も、布団カバーとお揃いの水玉ツーピースで、お出かけ♪

武蔵野に住んでいたとき、吉祥寺のデパートに毎年巡回してきた
ベビー写真館で撮ってもらいました。

何だかんだで、幼稚園の年少くらいまで、毎年撮ってもらっていました。

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こんなに小さかった子がねえ、今は185cm超の大男なのだから。

女の子と違って、あまり色々なこと話してくれないし、一緒に出かけるなどは
もってのほかだから、正直言って、ちょっぴり淋しいよね。

そのくせ、私も、誕生日だからと言って何してあげるわけではないけれど。

でも、その誕生日に、お世話になっている人が同じ誕生日だからと言って、
その人の誕生会に、ホテルオークラに、行ってしまったよ〜〜

オークラで誕生会なんて、何てリッチな!?! と思いきや、
ディナーが3,000円で食べられるのだそうです。


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そんなわけで、誕生日は、母ひとりで、カレーディナー。
有合わせの材料、かき集めてね。

ホウレンソウと大豆のカレーです。

何でも自己流。 手作り。 料理はすべて目分量。

言いかえれば、面倒なことは嫌い。研究するのも嫌い。
ずぼらで、テキトーで、欲がないだけです。

ところで、昨日から今日にかけては、徹夜で仕事をしたので、
昨日も今日もまだ勉強が出来ていません。

眠いなあ。
でも寝られません。
だって、もうすぐヨーロッパが朝になると、問い合わせメールが
来るかもしれないので、時差7時間のあちらに合わせて暮らすのです。


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2011年03月22日

災害から学んだこと、別離の覚悟

たった今ヨーロッパから電話がかかってきました。
地震の後に突然一時帰国してしまった一スタッフからです。

日本での大災害を知った国のお母様がショックでほとんど半狂乱になって、
隣りの人から、「とにかく一度帰ってきて!」と連絡が入ったとのことでした。

母ひとり、息子ひとりなのに、7年間も一度も帰国していなかったのだから
年老いたお母様の心配は痛いほどわかります。

同じように母ひとり、息子ひとりの自分の立場に置き換えてみれば、
本当にわかり過ぎるほどわかります。

お母様の容体が落ち着くのを見届けて、2、3週間で日本に戻る予定とのことでした。
電話を切った後、お母様のことを思って涙が出てしまいました。


先日島原を一緒に下見した同僚(大先輩ですが)とも道中こんな話をしました。

彼女のひとり息子さんはもうすっかり大人なのですが、独立して家を出たときから、
いつ何どきどんなことに遭遇して、親子が突然永遠に別れることになったとしても
少しも不思議ではない。

その覚悟をしっかりと持つこと。

子育ての究極の目的は、子供を自立させることだから、
その役目が終わったら、親としての覚悟を決めること。

歴史の中で、どれだけの親が子供と突然に引き裂かれてきたことか!

生老病死 愛別離苦

淋しいけれど人生とは正にこの四苦八苦を乗り越えて生きることなのですね。  
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2010年05月05日

端午の節句と母への想い

子供の一歳の誕生日を前にした、20年前のあの日、初節句を祝って、
亡き母が鎧兜を贈ってくれました。

日本橋馬喰横山の鎧兜職人さんのところに、まだ歩けない子供を抱いて出かけ、
編み込む糸の配色や、革の染具合などを相談して、作っていただきました。

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子供が小学生の頃までは、毎年欠かさず飾っていたのですが、
大きくなるにつれて、押入れにしまったままの年がほとんどでした。

でも、今朝! ついに、頑張って、飾り付けしました!!

子供をひとりで産み育てると決めた日から、全面的にサポートしてくれた母。

子供が中学2年生の秋、15年ぶりのガイド復帰の初仕事で私が外泊をした、
よりによってその夜に、母は、自宅のお風呂で誰にも気づかれずに他界しました。

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妊婦時代には、栄養のバランスの取れた朝食を用意してくれ、
出産後は、会社に行っている間、ミルクを飲ませ、オムツ替えや洗濯をしてくれ、
保育園に行くようになってからは、夕方のお迎えを担当してくれ、
小学校に入ると、夕方の時間帯や、長い夏休みの間、子供をみてくれました。

一時期、子供のバイオリンのレッスンにも立会い、レッスンの記録ビデオを
撮ってくれていたこともあります。

おばあちゃんがいなかったら、この子は育ちませんでした。
私一人の力で育てたと思ったら大間違いです。

同居の母がいて、保母さんや、行政や、近所のお母さんたちの助けがあって、
はじめて、シングルマザーの子育てが可能となりました。


感情の起伏が激しく、家庭内ではときとして、興奮しやすい私を、
おっとりとなだめてくれる、頼もしい子供に育ってくれたのも、
私一人の力で育てなかったからです。

親の独りよがりで育てるのは危険なこともあります。
家族はもとより、広く社会全体で育てていただくことで、
健全な精神が育っていくのだと思います。

昨日はひどく落ち込んで、何も手につかなかった私ですが、

「いい加減にそういう考え方はやめな! 幸せになれないよ!」

と、今日、子供に諭されました。

子供の日に、子供から教わる。 ・・・ もう、完全に、立場が逆転ですね。
「老いては子に従え」 の諺どおりです。

今日は気持ちをリセットして、図形を勉強しています!  
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2009年12月26日

子供のいないクリスマス

仏教徒なのだから、クリスマスなんて関係ない!とうそぶいてみても、
やっぱり一人ぼっちで過ごすクリスマスは淋しいものです。

定演を控えてオケに入り浸る子供と、ほとんど会う機会がありません。
「せめてケーキくらいは一緒に食べないの?」と聞いても、
「ごめん!悪い!」と言って、練習に飛び出していきます。

    

残された母は、ひとり思い出の中へと ・・・。

子供が小さかったとき、毎年11月ごろになると、
「サンタさんに来てもらえるように、頑張ろうね!」と
バイオリンのお稽古の口実に、クリスマスを利用していました。

そして、クリスマスの朝、起きると、一緒になって、
「サンタさん、来たのかなあ、プレゼントはどこかなあ?」と探し回りました。

もちろん、私がカーテンの陰やソファの後ろに隠しておいたのですが、
プレゼントが見つかると、
「やっぱりサンタさん、忘れていなかったね!!」と大袈裟に演技しました。

ある年は、レゴのブロックが詰まった赤いバケツだったりしました。
会社の帰りに渋谷のデパートで買ってきて、隠していたのでした。

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子供が小学生の頃は、ずっと音楽事務所に勤めていたので、
この時期は、バレエや、ジルベスターや、ニューイヤーコンサートの準備で、
残業が当たり前の、大忙しの毎日でした。(写真 ↑ は、会社で)

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私が招聘を担当した、キーロフバレエのクリスマス公演 「くるみ割り人形」 で
プリマのディアナ・ヴィシニョーワと

一番忙しいときなのに、バイオリンのクリスマス会までありました。
このときは、ヴィヴァルディの協奏曲イ短調を弾いていました。
今、母が挑戦して、テンポで弾けなくて苦労している曲です。

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忙しい時期なので、家では大したことができません。
ほんのちょっとだけ飾り付けをしましたが、写真はほとんどありません。

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こんなとき、仲良しのお友だちがいるのは有難いことです。
小学校のお友だちのお母さんたち何人かと家族ぐるみのお付合いがあったので
毎年クリスマスにはお家に呼んでいただきました。

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お友だちのお家のクリスマス会でも
うちの子はバイオリンを演奏するのが常でした。

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母子家庭で、父親も、残してやれる財産もありません。

そんな中で、子供が将来、心豊かに生きていけるようにと、
心から楽しめる趣味を持たせてあげることが、
私の願い、子育ての中心でした。  
Posted by MIKO at Comments(8)