2009年11月02日

すべては子育てのため

早朝から夜遅くまでびっしり詰まったプログラムで、猛スピードで日本列島を駆け抜けた
グループが、大満足の様子で、関西空港から故郷へと帰っていきました。

我を忘れて、全身全霊で尽くした、嵐のような8日間が過ぎた後、残るのは空虚。
充実していたからこそ、目の前に突然何もなくなったときの寂しさは何とも言えません。

皆さんに満足していただいて、心付けもいただいて、嬉しい気持ちの反面、
ぐったりと、倦怠感に包まれて、関空から一路、家に戻ってきました。

気分転換をはかるためにと出かけた美容院では、ほんの短いシャンプーの間でさえ、
大好きな肩もみの間ですら、うつら、うつら・・・・・。
せっかく美容師さんが出してくださった熱いお茶も、気がつくと冷めていました。
美容院から帰ると、即、お布団を敷いて、寝ました。

深夜に子供が部活から帰ってきたのを、ぼんやりと夢うつつの状態で出迎え、
次に意識が戻ったときには、朝の9時でした。
留守中の書留や宅急便が、午前中に再配達されるのを、じっと待っています。

そして、今日の午後は、「一橋祭」をちょっとのぞいてくる予定です!
ずっと、当然のごとく、「ヒトツバシ」祭だと思っていたら、「イッキョウ」祭と読むそうです。

春の「小平祭」が新一年生のために行われるのに対して、
秋の「一橋祭」は二年生以上が中心となるのだそうです。

それはともかくとして、今朝、6日?ぶりで子供に会うと、開口一番

「教科書代とか、歯の矯正とか、留守中の食費とか、ものすごいことになっているよ!」

ああ、必死で働いてきたのに、すぐに子供の学費や生活費でお金が消えていくー!

もっとも、元をたどれば、子供を育てるために働いているのでした。
だから、働いたお金を使える子供がいることは幸せです。

幼児のときの公文式だって、今もずっとお稽古しているヴァイオリンとピアノだって、
中学受験だって、みんな、みんな、母の一存で、やらせたくて、やってほしくて、
進んでお金を投資してきたのでした。

それがあったからこそ、これまで、あれやこれやの仕事を渡り歩きながら、
働いてこられたのだと思います。

自分ひとりだけのために働いているとしたら、虚し過ぎ!
子供がいて、良かった!  
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2009年11月01日

母の旅は続く

昨日は、急きょ、お客様の希望により、行程に姫路城を追加しました。
みどりの窓口に行って新幹線の指定を変更したり、送迎の車の時間を変更したり、余分な仕事が増えましたが、臨機応変に、快く、速やかに対応したことが評価され、とても喜んでいただけました。

姫路城ではこの10月から平成の大修理が始まっています。来春の桜の季節が終わる頃、天守閣は完全に覆われてしまい、「白鷺城」の異名を持つ、その優雅な姿が当分の間、
見られなくなります。

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2週間前に来たばかりなのに、また、安芸の宮島に来てしまいました。

でも、今回は、夜20時4分の満潮を見るためです。

暗くなる前に到着して、厳島神社を見た後は、もみじ谷にある老舗の旅館で懐石料理をいただくことになっています。

天皇皇后両陛下や、皇太子時代の天皇、
昭和天皇、その他の皇族、海外の王室や
要人が宿泊された旅館です。


旅館の前では、もみじ谷の紅葉がぼちぼち
始まっていました。





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お客様全員が夕食に大満足した後、満潮の海に浮かぶ大鳥居を見に、海岸に戻りました。

携帯電話のカメラで撮っているので出来は良くないのですが、実際に見るその姿は
とても幻想的です。

大鳥居の両端に見える光は、海岸沿いに立つ灯篭の明かりです。

お客様から、
「一生、忘れることの出来ない光景! ここに来て、本当に良かった!」
と言われました。

すべての疲れを吹き飛ばしてくれる言葉です。
これがあるからこそ、また、飽きもせず、仕事を続けられるのだと思います。  
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2009年10月31日

母は仕事、子は?

元受験生の母は、今年も秋の行楽シーズンに、あちこちの名所をガイドして回っています。

先日、箱根の日本旅館での夕食のひととき。
皆さん、浴衣姿で、大喜びで和食を食べていました。

旅館の夕食













奈良の東大寺大仏殿の前では、何と、偶然にも、10月8日に東京でガイドをした高校生の一行に、再会しました!!

お互いに姿を見つけた瞬間、感激のあまり「きゃー!!」と叫んで、ほとんど抱き合いそうになりました。

高校生たちは、日本での長いホームステイを終えたところで、関西を見学した後、帰国するそうです。

奈良で再会













今回お世話をしているお客様たちとの京都での夕食には、芸者さんと舞妓さんの舞と音楽が入りました。
「祇園小唄」を始めとする伝統芸に、皆さん、感動してカメラを向けていました。

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去年の今ごろは、受験を控えてそろそろ焦り始めていた我が子も、今年の10月はいったい何をしているのやら?

母が留守の間も、メールひとつ寄こしません。
便りがないのは無事元気に暮らしている証拠でしょうか。

去年は、旅先でも、子供が寝坊しないように、遅刻しないように、学校に行ったかどうかを確認するために、何度も何度も携帯メールを送っていた母ですが、今回の旅行では、まだ1回メールしただけです。

随分と楽になりましたが、ちょっと淋しいかな?
ああ、でも、子離れ、子離れ!!

無理矢理、そう、自分に言い聞かせます。
  
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2009年10月27日

子の受験と母の仕事

日光東照宮の紅葉

例年なら、9月から10月の紅葉の時期にかけて最低でも3回は足を運ぶ日光に、諸般の事情が重なった今年の秋は、今日初めて行ってきました。


東照宮に続く、広く長い参道沿いでは、紅葉が最高潮を迎えていました。


東照宮と輪王寺を拝観した後は、お決まりのコースである「いろは坂」を登ります。

いろは坂の紅葉は残念ながら、ほとんど終わっていました。一昨日から続いた雨が、葉の多くを落としてしまったようです。






男体山と中禅寺湖












いろは坂を経て、中禅寺湖に着くと、やや強い風で湖面が激しくざわめいていました。
中禅寺湖より望む山は、男体山(2,484メートル)です。
山頂に雪がかぶるのも、もうまもなくでしょう。

華厳の滝で


中禅寺湖の後は、華厳の滝です。
今日は、エレベーターを利用して、
滝壺の観曝台まで下りていきました。


写真は、一緒に旅をしている皆さんで、
オーストリアのウィーンから参加されました。


結婚20周年記念のご夫婦が3組と、
25周年記念のご夫婦1組とそのお嬢さんです。


皆さん、昔から家族ぐるみで
大の仲良しなのだそうです。





このような旅を、私は、去年も、一昨年も、一昨々年も、毎春、毎秋ごとにやっていました。旅は日帰りのものから、長いものでは10日ほどに及びます。

10月は、例年、ほとんど一日も休みなく働いていたように思います。

子供が高1のときに、この仕事に本格的に復帰したので、高1、高2、高3、浪人と、ほとんど母親は家を留守にしていたことになります。

高1の子供を、初めて一人きりで留守番させたとき、奈良の大仏の前にいた私の携帯がブルブルッと震動しました。電話に出ると、「どうしよう、寝坊しちゃった。もう今さら学校に行けない。」と、子供の声。

午前10時頃でしたが、遠い奈良から、母は心を鬼にして、「行きなさい!今からでも学校に行きなさい!」と、命令したのでした。

高3と浪人の春秋は、仕事が特に過密状態だったので、子供はほとんど一人暮らしをしていたと言っても過言ではありません。

食事は、外食とお弁当とパンやおにぎりでつないでいたようです。

無事に大学生になった今は、親がいなくても、まるで構わないといった様子ですが、受験期には、随分と大変な思いをさせたものです。

しかし、自分の性格からすると、家にべったり張り付いていたなら、きっと、うるさく子供に干渉したに違いないので、仕事のおかげで、期せずして子供の自立を促すことになったのは、結果的には良かったのかもしれません。  
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2009年09月30日

荷物のこわさ(1)

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これは一体何の光景でしょう。

横浜港大桟橋での荷物(スーツケース)積込み風景です。
その日、成田空港に到着した35名の団体を出迎えて、横浜港大桟橋に停泊中の豪華クルーズ船まで連れていきました。
人間は貸切バスで、スーツケース48個は貸切の2トントラックで運びます。

バスよりも、やや遅れてトラックが大桟橋に到着しました。
大勢の若い作業員が、「待ってました!」とばかりに、一斉にトラック(右)から荷物を積み下ろし、流れ作業で、船(左)側に渡します。

これら一連の作業が滞りなく終わるのを見届けて、私の仕事は終わりました。

これで、万一、荷物を一個、成田に忘れてきたとか、個数を数え間違えていたとかいうトラブルがあったら、後始末のために、ずっと桟橋に居残ることになったことでしょう。

その日は、前夜から体調が悪く、当日も寒気や冷や汗が出て、頭が割れそうで、吐き気のする中、友人の勧めにより、熱いお湯や水分を十分に取って、ちゃんと薬を飲んでから、成田に出かけたのでした。

無事、何の問題も起こらず、多少のチップもいただいて、大桟橋を歩いて戻る途中、右手に見えた、「みなとみらい」の夜景が綺麗でした。

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旅行業界で働いていると、荷物は常に気をつかうところです。

去年、大阪港の天保山でこんなことがありました!

その日は、とてもフレンドリーなアメリカ人のご夫妻と、東京から大阪まで観光をやりながら、新幹線で移動してきたのです。そして、新大阪に待たせてあったハイヤーに乗って、天保山に到着しました。

このご夫妻は、大阪港より、豪華クルーズ船に乗船することになっていたのです。

ハイヤーが天保山に到着するやいなや、船側のポーターが一斉に出てきて、またたく間に、ハイヤーにあった荷物を積み下ろし、コンベヤーベルトで船に流します。

私は、ご夫婦と話していて、荷物が流される瞬間を見ていませんでした。

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無事、仕事が終わり、ご夫婦から、100ドルものチップと、前日に三越で買われたクッキーの詰め合わせと、果物ゼリーの詰め合わせのプレゼントをいただき、喜び勇んで、お別れの記念写真に収まりました。

そして、抱き合って別れを惜しみ、ご夫婦が船の中に消えていって見えなくなるまで見送った後、私は、埠頭を背にして、地下鉄駅へと歩き始めたのでした。

しばらく歩いた後、両手はいただいたプレゼントの紙袋でいっぱい、そして、仕事のショルダーバッグもあります。ところが、何かが不足しています。


あれ?っと思ったところが、何と、自分の旅行カバンまでが、どうやら、ハイヤーから船へと積み込まれていたようなのです!

これには慌てました。
船が大阪港を出航するのは、もうまもなくです。行き先は、上海です!

ああ、私の、旅行カバン!!
上海まで行っちゃう!! どうしよう!!

大パニックして、船側のスタッフに事情を話しました。
すると、中に入って、自分の荷物を探すには、パスポートが必要と言われます。

というのも、クルーズ船の中は、既に、国外だからです。

本来はパスポートを見せて、手続しなければいけないところ、特例として、写真入りのガイド免許証を見せて、入れてもらいました。

そして、船内で、ポーターたち(皆、東南アジア系の人々です)に向かって、「私の荷物!私の荷物!」と叫びながら、荷物の色や形を説明して、探してもらいました。

アジアの人たちは、陽気で気さくです。

"Ok, ok, don't worry!" と、呑気な口調で言うのですが、実際にはとても親切に対応してくれます。

途中で、「中にパソコンが入っていないか?」と聞かれ、「その通り!」と答えると、X線を通した際に、パソコンの影が映った荷物があって、安全のため、別の場所に保管してあるとのことです。

こうして、私が無事、自分の荷物と対面し、船を降り、不思議な感動に包まれて、新幹線を目指していた、その頃、船も、何ごともなかったように、上海へ向けて洋上を滑り出していたことでしょう。

荷物のこわさについては、まだ色々なことがあるのです。
でも、またの機会に回します。

  

大学生の子供は、いよいよ新学期が始まるので、定期券を買ってきました。
今日も、後期の履修登録科目の取り方を考えているようです。

そういうことに慣れていないこの春は、随分と不都合な時間割にしてしまって、
時間を有効に活かせない、無駄な空白時間ばかりが目だっていたのです。

必修専門科目、教養科目、選択科目を、まんべんなく、うまく網羅して、なおかつ
自分の自由に使える時間も確保するには、かなり工夫が必要で、運もあるようです。

でも、去年の今ごろのストレスを思えば、今の苦労なんて大したことはないでしょう。
と、他人事のように、無責任なことを言う、冷たい母親です。  
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2009年09月26日

テニス選手と大相撲

キャンセルが相次ぎ、開店休業も同然だった9月のガイドも、今日は珍しく大相撲を観戦するという仕事が入りました。

亡くなった父が相撲ファンで、九州場所を除くほとんどの場所に通い詰めていた関係で、私も子供の頃は頻繁に相撲を見ていました。猛暑の中、名古屋場所にも何度か足を運んだことがあります。

手に汗を握って、千秋楽や優勝決定戦を見守った懐かしい思い出が残るのは、大鵬と柏戸が活躍した、いわゆる「柏鵬」時代です。

その後、北の湖や朝潮たちを夢中で応援した時期があったのですが、いつの間にか、気がつくと、完全に相撲から遠ざかっていました。今では、力士の名前も横綱くらいしか知らず、他は顔も名前もさっぱり区別がつきません。

しかし、昔取った杵柄! 相撲に関する基本的な知識は、まだそう衰えてはいません。
それに、3年前にも仕事で両国の5月場所を見ているので、幸いにも場内見取図を始めとする資料が揃っていました。

そこで、にわかに復習をして、ドキドキとワクワクが半々の気持ちで、今日は出かけていきました。

今日、大相撲にご一緒させていただいたのは、現在、東京の有明コロシアムで開催中の、東レ・パンパシフィックテニス(女子テニス)に出場中の選手2名と、そのご家族、および、女子テニス協会のマネージャー女史、そして、東レの広報担当者と、テニス・カメラマンの佐藤さんです。

小型バスで国技館に向かう途中、大相撲の概要を説明しました。
初めてこれを見る外国人にとっては、何もかもが珍しくて、解からないことだらけなので、ある程度の事前学習が不可欠なのです。

例えば、まげ、まわし、しきり、土俵、番付、行司、呼び出し、のぼり、etc.

そしてまた、取り組み自体は通常とても短いのに、その前の準備が長いこと!
その間、塩を振りまいたり、しこを踏んだり、対戦相手とにらみあったり、いったい何をして
いるの?という疑問がわくのは当然です。

また、今日の最後の横綱の取り組みのように、重要な取り組みには、懸賞金ののぼりが
沢山土俵を回ります。

そこで、そういったことを、予め、大雑把でも説明しておくのです。

今日は、実際に観戦が始まってからも、次々に質問がありましたが、それらに何とか答えながらも、二人の横綱の勝敗だけは、しっかりと見守りました。ことによっては今日、優勝が決まる可能性もあったのですが、結局は、明日の千秋楽に持ち越しとなりました。

さて、終了後、西の支度部屋で、テニス選手が朝青龍に対面して記念写真を撮るという予定が入っていたので、関取がお風呂を浴びて、着替えをするのを待って、報道カメラマンたちに視野を遮られる中、何とか、携帯でワンショット撮ることに成功しました。

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写真(左より)

横綱 朝青龍

2009年 全米オープン準優勝
デンマークのウォズニアッキ選手(19才)

カナダのウォズニアク選手(22才)




たまたま、この二人の選手の苗字はとても良く似ているのですが、まったくの別人です。
そして、特に、デンマークのウォズニアッキ選手は、テニスを知る人なら、知らない人はいないほどの有名な選手のようです。私はテニスと縁がないので、まったく知りませんでした。

家に帰ってから息子に今日あったことを伝えると、叱られました。
「何故、サインを貰ってこなかったのか〜〜?!」と!
息子はスポーツ大好き人間なのです。

でも、私は、かえって良かったと思っています。
なまじっかスポーツ好きだと、仕事を忘れて夢中になり、顰蹙をかうことになるからです。
私たちの仕事は、あるときには(特に主催者さんの面前では)、徹底した陰の存在として、
一歩か二歩、下がって、接することが大事だからです。

ところで、テニスのことを何も知らない私でも名前くらいは知っている、杉山愛選手が、今季限りで現役引退を表明し、この東レの大会がラストマッチになるという記事をネットで見ました。  
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2009年07月23日

皆既日食と、チップの話

今週、鹿児島に飛んだのが、皆既日食を見るためチャータークルーズの
ためだったということは、既に書きました。

22日の前日に、船は鹿児島港を離岸して、洋上に向かったので、
私は、皆既日食の観測そのものには一切関わっていません。

そこで、間接的に巻き込まれてしまった現場での話題を二つと、チップの話。

  

私が受け持った24号車のお客様の人数は43名です。
この中の一人の男性が、いきなり、「カメラ屋に行きたい。」と言い出しました。

私は、「突然言われても、限られた時間内の団体行動中に、別行動を手配するのは
難しい。数日後に京都駅前のビックカメラに行ったらどうですか?」と提案。

すると、「皆既日食を撮影するためなので、京都では遅すぎる。特殊なレンズが
必要なので、品揃えの良い店を紹介してほしい。円の現金も所有していないので、
カードで乗れるタクシーを呼んで欲しい。」と言います。

ガイドの仕事は、バスの中では、マイクを持って話し続け、バスを降りたら、
その場所の案内をしなければいけないので、このような特殊な個人の希望を
いちいち聞いて、調べてさしあげる時間がないのです。

前日に聞いていたなら、インターネットでリサーチできるのですが、
いきなり言われても、その場では調べることができません。

こんなときに、頼りになるのが、バスのドライバーさんです。

先日の、ディズニーVIPのときも、いきなり、
「ミズノで、左利き用のキャッチャー・ミットが欲しい。」と言われたので、
取り合えず、NTTでミズノの番号を複数入手し、ドライバーさんに相談しました。

すると、私が、お客様を案内してどこかに行っている間に、
正確な場所と、ルート的に立ち寄るのが便利なのはどの店舗かということまで、
ちゃんと調べ上げてくださっていました。

今回の鹿児島でも、バスのドライバーさんに泣きついたら、
その日の行程ルートと、港との位置関係から、限られた時間内でタクシーで
駆けつけることができるお店は、ヤマダ電機との情報をくださいました。

そこで、お客様夫婦を、ゆうちょ銀行のATMまで急いで連れていき、
ATM画面の操作案内を"ENGLISH"に変更させ、クレジットカードで円の現金を
引き下ろす方法を教え、取り合えず、タクシー代の問題を解決させました。

それから、行き先の店の名前と、戻るべき港の名前を、日本語と英語で書いてあげ、
それを頼りに、タクシーで行きなさいと、送り出しました。

後で、戻ってきた夫婦、うかない顔つき。
開口一番、「欲しいレンズがなかった。レンズの品揃えが少な過ぎた。
鹿児島ほどの町なら、ちゃんとしたカメラの専門店があっても良いはず!」

もう、私は、開いた口がふさがりませんでした。
ドライバーさんもしかりです。

皆既日食のために、はるばるやって来るなら、なぜ、出発前にアメリカで、
レンズの準備をしてこないのか! その神経が私には信じられませんでした。

こういう人が、たまにいるものです。
そして、こういう人に限って、チップもくれないのです!

  

もうひとつの話。
こちらは、うまく行ったのではないかと思います。

お別れする間際に、「皆既日食のポスターが欲しいが、探すことができないから、
何とか入手して、送って欲しい。」と言うのです。

これも、本当は困る話です。
私だって、普通ならば、すぐに別の町に移動してしまうので、
ポスターを探し歩く余裕などないのです。

今回は、例外的に時間があったので、みおさんに相談してみました。
そして、ドルフィンポートで開催中の「日食館」に連れていってもらいました。

そこで、ポスターを販売していました。
お客様が思い描いていたポスターかどうかは解かりませんが、
見たところ、オフィシャルっぽいポスターです。

これは運が良かったと喜び、お客様に郵送する分と、子供にプレゼントする分の、
合計2枚を購入しました。
子供は、理科は不得意ですが、天文と地学だけは好きなのです。

筒状になったポスターを、どうやってアメリカまで送るかという悩みはありますが、
とにかく、良かった。

ポスター代、400円。送料、?円?
そのお客様は、チップを1,000円くださったので、足りるかな?

  

チップは、大事な収入源です。
しかも、申告の必要がない非課税収入です!
最近は、諸事情により、もらえる額が減りました。

昔の良き時代には、スイスのファミリー5人を8日間案内して、
成田で別れるときに手渡された封筒を、家に帰って開けてみたら、
10万円が入っていました!!
これには、びっくり仰天しました。

スイスの銀行の頭取である、この一家のお父さん。
玉ねぎのような頭をしていて、成人した3人の子供たちから、
「玉ねぎ頭のパピ(Zwiebelkopf-Papi)」と親しまれていました。

私の子供の誕生を報告したときには、
玉ねぎ頭パピとマミーから、500米ドルの小切手が送られてきました。

同じく、20数年前に案内したドイツの夫婦も、帰国後、
チューリッヒ行きの航空券を送ってきました。
夏休みに、夫婦のスイスの別荘に遊びに来なさい、というわけです。
もちろん、行ってきました!

また、別のドイツの夫婦からも、ハンブルグ行きの航空券が送られてきて、
2週間ほど、そのご家庭にホームステイさせていただいたことがあります。

以前にドイツのテレビ番組出演の話が舞い込んで、テレビ局から航空券が
送られてきたことも含めて、こんな仕事をしていると、不思議な体験があるものです。

でも、こんなにすごい醍醐味を感じられるチャンスは、最近ではなくなりました。

仕事が減っていることに加えて、以前のように富裕層のお客様ばかりではなく、
格安のパッケージツアーに乗ってくる皆さんが増えてきたのです。

それに、日本企業のインセンティブ(報奨旅行)も、不況時には激減します。
海外の優良顧客を招いて、贅沢三昧にもてなしている場合ではないからです。
企業が存続をかけて、苦しい時期を乗り切ろうと必死になっているとき、
私たちの仕事も、キャンセルの嵐で、死活問題に直面しているのです。

そんな中で、わずか一枚の米1ドル紙幣を握り締めて、
「ありがとう!」と言って、手渡してくださるお客さんもいます。
「こちらこそ、ありがとう!お元気でね!」と心からお礼を言います。

「たった、1ドル! しかも、よれよれの紙幣!」と、
お客さんの姿が見えなくなったところで、嘲るように話す仲間もいます。

でも、私が感動したのは、この道の大先輩、大御所のSさんの言葉です。

「一生懸命に節約して、やっとの思いで日本まで旅行に来て、
大切な1ドルを、精一杯の気持ちで差し出してくださるお客様がいることは、
本当に喜ばないとね。その人たちのお陰で、私たちも仕事があるのだから。」  
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2009年07月21日

ブログ友達との再会

またまた更新が滞っていました。
でも、やっと、ようやく、明日が見えてきたのです。色々な意味で・・・。

一昨日から、仕事で鹿児島に来ています。まさかのことです。

五月祭で、ブログ友達のみおさんにお会いしたとき、
「いつか、仕事で鹿児島に来ることがあれば、是非、連絡くださいね。」
と言われ、「まず、おそらく、そんな機会はないと思う。」とお答えしたのですが、

振ってわいてきたように、その日がやってきたのです!

ふたを開けてみると、それは、皆既日食を見るためのクルーズ船のお仕事でした。
イタリアの船を、アメリカ人1200名用にチャーターしたものです。

もっとも、私のやることは、皆既日食とは何ら関係なく、
いつものように、港で出迎えて、台数口で一斉に観光に出かけるものでした。

私のバスには、43名のお客様が乗り、子供の姿も5〜6人ありました。

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桜島で、溶岩展望コースを歩きました。
火山と、鹿児島(錦江)湾と、向こうに横たわる大隈半島の360度のパノラマに、
アメリカ人たちは、口々に、「素晴らしい!」を連発していました。

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夜、みおさんがホテルまでお迎えに来てくれました。
何と、ご挨拶までにということで、みおさんのご主人も車でいらしていたのです!
とっても素敵なご主人。みおさんとお似合いのカップルです

ご主人はすぐに帰られ、みおさんとの50日ぶりの飲み会が始まりました。
「しゃぶしゃぶコース」に感激し、を傾け、積もり積もる話をするうち、
あっという間に、10時半になってしまいました。

miko_mio












その後、みおさんからサプライズ提案!!
観覧車に乗って、高いところから、鹿児島市の夜景を楽しみました。

今日もまた、一緒に、維新ふるさと館などを見て回ります!


elite_satsuma
ところで、この写真は、
到着した日に中央駅前で撮ったもの。
幕末に薩摩から英国に渡った
留学生たちの像です。

そう言えば、今回のお仕事では、
生麦事件、薩英戦争、英国との接近、
維新の経緯までを話すつもりで、
メモを作っていたのですが、時間切れで、
尻切れトンボになってしまいました。

それでも、ペリーの黒船、
日米和親、修好通商条約あたりまでは
話せて、お客様はアメリカ人なので、
喜んでいました。

今日は家に戻ると会社の仕事が
待ち構えていて、それを終えると、
決算のため、出納帳の入力です。

次に旅に出るのは、9月です。  
Posted by MIKO at Comments(6)

2009年07月12日

その後の日常とブログ

まる一週間以上も更新が滞ってしまいました。

文字通り、死にそうに忙しい、大変な一週間だったのです。
あの混雑する都心を通り抜けて、反対側のディズニーシーまで通う毎日が
どれだけ辛かったことか!

おまけに、二日目は中央線の遅れに巻き込まれて、電車が一向に動かず、
十分に余裕をもって出かけたにもかかわらず、集合時間ぎりぎりに飛び込むという
きわどさと、ストレス。

それだけでなく、お世話する相手が、ウォルト・ディズニーと一緒に
ディズニーランドを作った創立メンバー、つまり、超VIPのご一家なのです。

このご一家を、細心の注意をもっておもてなしすることは当然のことですが、
取り巻きの方々やエージェントに気を遣うことも、通常の比ではありません。

かくして、毎朝、ディズニーシーまで通いながら、一度も中に入ることはなく、
東京や富士山や箱根の観光をするという日々を過ごしました。

ロボットが見たい、文具が見たい、和紙は、フィギュアは、アニメは、
人力車に乗りたい、歌舞伎が見たい、mizunoのキャッチャー・ミットが欲しい、etc.

東京では、盛り沢山のリクエストに応えて、通常のツアーとは大幅に異なる
カスタムメイドの行程で、都内を駆けずり回り、精魂尽き果てました。

皆さん、良い方ばかり、子供たちも良い子だったのが、唯一の救いでした。

  

ブログからしばらく遠ざかってしまった、もうひとつの理由は、
ブログ上でのある大切なお友達が、ブログを辞められたことです。
これは、大変なショックでした。

また、それと前後して、同じく親しくお付合いさせていただいている、
別の大切なブログのお友達も、更新のペースを落とされ、
最近、ブログの限界について切実な思いを綴っていらっしゃるのを見て、
一気に、体中の力が抜けてしまいました。

仕事、仕事で、物理的に忙しかったことも事実ですが、
このブログ関係のショックから立ち直るのにも、時間が必要でした。

コメントとコメント返信、もうすぐします。あと少々、お待ちください!


生まれて初めて行ったディズニーシーのミラコスタ周辺
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表参道のカフェで、ファミリーとコーヒーブレイク
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4人のキッズと一緒のMIKO(右端)
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気を遣った3日間の後は、大学の講義や学会での発表のために来日された、
オランダのライデン大学医学部の教授ご夫妻(奥様は裁判所の検事!)との、
東京湾ディナー・クルーズでした。

ライデン大学と言えば、19世紀前半、かのシーボルトゆかりの大学です。
シーボルトはヴュルツブルグ生まれのドイツ人ですが、オランダ商船医として
日本に派遣され、長崎に鳴滝塾を作って日本の医学発展に貢献したことは、
中学生でも知っているでしょう。

医者としてだけでなく、植物学者、日本研究者としても多大な功績を残した
シーボルトが、シーボルト事件で追放されたことは、日本では有名です。

このシーボルトゆかりのライデン大学からいらしたご夫妻だったので、
江戸時代の前夜から明治維新、果ては、近現代に及ぶまでの話題に花が咲き、
あっと言う間に時間が過ぎました。

ディナー・クルーズより、お台場の風景
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直接は関係ないですが、
シーボルトの話題が出たついでに・・・

こちらは、去年、長崎に行ったときに
撮ったもの。

江戸時代に鳴滝塾のあったあたりの、
手前の小路にこの道しるべがあります。









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こちらも同じく、長崎。

鳴滝塾跡地のシーボルト胸像です。













 子供の近況 

小学生の模試監督の一日アルバイトで6,500円を得て大喜び。

今度は、夏休みの単発の家庭教師に申し込んだそうですが、
応募者多数で、家庭教師を依頼するご家庭の要求も非常に細かいので、
どうなることやら。

大体、
「高校受験経験者で、早稲アカ経験者で、男子で、何々線沿線に住んで・・・」
などといった要求では、

ひとつひとつのフィルターにかけたら、いったい何人残るのか?!
そこで、条件に合わずとも、まだ若干の望みを託している次第です。

ただし、7月は試験があるので、自分自身の勉強も忙しいらしいです。

また、このところ、あり得ないとは思うのですが、
「コンクールに挑戦してみたい、この夏は、だから思いっきり練習したい」
と言い出す始末。

高校時代の友達の芸大生から、おだてられたこともありますが、
高いハードルを目指して努力することで、力をつけるのが目的のようです。  
Posted by MIKO at Comments(17)

2009年07月04日

音楽とアルバイトと

今日の午後、一橋大学管弦楽団のサマー・コンサートに行ってきました。

プログラム:
ロッシーニ 歌劇「セビリアの理髪師」序曲
チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」より抜粋
シベリウス 交響曲第2番

一橋大学管弦楽団と言ってもインカレなので、津田塾生も多く参加しています。
息子の音楽仲間の津田塾の子も今日弾いていました。

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シベリウスの「交響曲第2番」を聞くのは、
ヘルシンキ・フィルの来日公演(セゲルスタム指揮)以来のことでした。

今回、久しぶりに一橋オケでこの曲を聞いて、少々とりこになりました。
前には印象のなかった第二楽章、今回は曲目解説を読んで少し予習したためか、
なるほどと聞き入ってしまいました。

ドン・ファンめがけて石の客が近づいてきて、やがてドン・ファンが奈落に転落する、
そんな陰鬱な雰囲気が見事に表現されていて、前に見たモーツァルトのオペラ
「ドン・ジョヴァンニ」の舞台を思い浮かべながら聞きました。

4楽章はよく耳に馴染んだ曲なので、思わず身を乗り出してしまいました。

アンコールは同じくシベリウス作曲の「カレリア」組曲から。

これは、私自身が南山大オケでヴィオラの初心者として弾いた思い出深い曲です。
何十年も前の記憶が一気によみがえってきて、思わず涙が出てしまいました。

シベリウス、やっぱりいいなあ。
これを機に、ヘルシンキ・フィル(オッコ・カム指揮)のCDを購入する予定です。
どうやら、シベリウスの2番は、ネットでも、オッコ・カムの演奏が絶賛されています。

演奏会場となった一橋大学の兼松講堂
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今回、初めて中に入りました!
入学式の会場だったのですが、新入生1000人で満員になるので、
父母たちは、教室のモニターで入学式を見守ったのです。

門を出ると、大学通りでは、「国立あさがお市」が開催されていました。
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息子は、今夜はみなとみらいへコンサートを聞きに行っています。
昨晩は、首都圏の某アマオケの賛助出演のリハーサルに行っていました。
このオケのコンサート本番は今月なのですが、少しお金がもらえても、
遠いところなので、リハーサルと本番の交通費で全部消えてしまうそうです。

明日は、初のアルバイトで小学生の模試の監督をするそうです。
6,000円もらえるけれど、交通費を差引くと5,500円だと言っていました。
こちらは運良く近いところなので助かります。

一方、母の方は、長崎から帰って休む間もなく、ちょっと面倒な仕事に追われ、
それが終わったと思ったら、明朝から3日連続でディズニー・シー通いです。

片道2時間なので、毎日往復4時間。
そんなの辛いよ〜!MIKOもディズニー・シーに泊めてくれ〜〜!
と叫びたいところですが、そんな予算はないのです。

またも睡眠不足のまま、炎天下での仕事が続きます(涙)  
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2009年07月02日

ブログが結ぶ縁

昨日、無事、今シーズン最後のクルーズのお仕事を終えました。

長崎はあいにくの雨。
霧のため、稲佐山に登れるかどうかが最後まで危ぶまれましたが、
ほんの一瞬の霧の晴れ間を縫ってロープウェイを決行。
頂上に着くと素晴らしい展望が開けていました。
これさえクリアできれば、後は雨でも何とかなる旅程でした。

日本寄航を終えて離岸を待つばかりの客船。次の寄港地は韓国と中国だそうです。

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雨が上がった夕方、いよいよお楽しみの「かわさん」との「ご対面〜♪」に出発。
かわさんが当日はく予定のスカートの写真を送ってくださっていたので、
難なく見つけることができ、さっそく新地の中華街へ。

皿うどんに目のない私のために、ママゴン桜さんが教えてくださった江山楼、
すぐに見つかりました。お店の前に鯉と亀がいました。

お楽しみの皿うどんを注文し、ビールで乾杯!
皿うどんに舌鼓を打った後は、デザートへ。

さだまさしさんお薦めの「ワンチャンボール?」というスイーツは、
残念ながらコースメニュー専用のデザートということで、
我々は注文できませんでした(泣)
代わりに黒蜜のかかった胡麻プリンをいただきましたが、これがまた絶品!

食事の後は、市電に乗って宝町で下車し、
ママゴン桜さんお薦めのベストウェスタン・プレミア最上階の NY DININGへ。
超シックな大人の雰囲気あふれるバーで、夜景を前にカクテルを楽しみました。

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かわさん、素敵な人でした!
まず、第一印象は、思ったより若い!!
次に、美人でスタイル抜群!!
その上、センスが良い!!(⇒ スカート)

いいなあ、かわさんの若さ、フレッシュな笑顔!

同じくこの春に大学に入学した子供を持つというのに、何という歳の違い?!

かわさんとこのブログで知り合ったのは今年の2月。
私大の受験の真っ最中のことでした。それから国立の発表までの間、
合格発表の都度、二人してドキドキしながら待ち、結果を報告し合っていました。

胸がきゅーんとするような同じ思いを味わった仲間だからこそ、
受験が終わった今でも、初対面にもかかわらず気さくにお話しできました。

ブログが結んだ友情がリアルな友情に発展したひとときでした。

NY_D2














  
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2009年06月27日

昨日のツアーと今日のこと

昨日、朝8時前、神戸港にバス40台が集合。
伊、仏、西、英、独の5言語のツアーが各方面に向けて出発します。
MIKOは41名を連れて、京都日帰り、バイキング昼食付きコースです。

cruise_bus













金閣寺を見た後、錦市場の見学へ。
お惣菜屋さんで、蒸した薩摩芋とうずら豆の煮付けがいかにも美味しそうだったので、
「夜まで持ち歩いても大丈夫?」と聞くと、「保冷材を入れるから大丈夫」との返事。
ホントかなあ?こんな季節に?一抹の不安は残るものの、
食い意地のはったMIKOは、芋と煮豆の魅力には勝てません。
帰りの新幹線で食べる予定なのです。

nishiki_market













平安神宮のお庭ではまだ少しは菖蒲が見られるかと期待したのに、全然〜〜!
しおれてしまって見るも無残!
池にかかる橋では、猛暑と湿度でいい加減くたばった人々(含むMIKO)がいっぷく。
池の上を渡る風がすーっと心地よい。
錦鯉も暑さでまいったのか、姿さえ見せない。手で合図すると、ひょうきんに首をかしげて
見つめ返してくれる亀さんがカワイイ。

heian_garden













清水寺が終わって、商店の連なる参道に戻ると、5時を少し回っただけなのに、
もうシャッターの閉まった店がちらほら。坂を下りる間にも1軒、2軒と閉まっていく。
新型インフルエンザによる大打撃がまだ後を引いているのかしら。
今日は船のお客さんがまだこんなにいっぱいいるのに。

sannenzaka夜8時以前に神戸港に戻ってはいけない
とのお触れが出ていたので、いったいどうしたものか。6時半まで清水で時間をつぶさないと早く着き過ぎることになる。

そこで、大型団体の場合には迷子が出ると厄介なので普段は連れていかない参年坂、弐年坂を教える。もちろん、自由時間に。

実は、参年坂で「宇治金時ミルク氷」を食べるというMIKOの計画もあったのです。
が、、、ここでも、
「すみません、今日はもう終わりなんです。」
というわけで、カキ氷食べ損なっちゃった。

寒い国から来たMIKOのお客さんたちにとって、この猛暑と湿度は耐えられません。
今すぐにでも船に帰りたそうな様子で、
七味屋さんのベンチにぐったりと座りこむ
夫婦が何組も・・・。

MIKOだっていい加減疲れましたよ。


さすがに6時半までは時間をつぶせず、清水の駐車場にいたクルーズのバスが
一斉に帰り始めたので、こちらも倣って6時に出発。
帰りの車内ではリクエストがあった社会保障制度と有給休暇や勤務時間に関する
テーマだけを話し、後は、神戸市内の三宮とフラワーロードを走って時間をかせぎ、
8時ちょっと前に神戸港に帰着。

お客様たちから有り難いチップを頂き、船会社と旅行会社に終了の挨拶を済ませると、
同じくその日帰宅するガイドさんと一緒にタクシーで新神戸に直行。
新幹線の中で、お芋と煮豆と、それから新神戸でかったタコむすびを食べる。
仲間のガイドさん(彼女は西語と英語の二ヶ国語ライセンス所有者)と楽しく情報交換。

新幹線を降りてから二回乗りかえて家に着いたときには、日付が変わって今日に。

それより更に遅く帰宅したのがコンサート直前の練習に行っていた子供です。
子供の顔を見る元気も話す元気もないMIKOはバタンキュー。
あの猛暑の中で、拘束12時間、41名相手の仕事は正直、きついです!

  

今朝は、寝坊してしまい、午前の室内楽の練習に大遅刻。
本当なら今日も六甲山か大阪城の仕事があったのに、この練習に出たいがために、
わざわざ仕事を外して帰ってきたにもかかわらずです(泣)。

遅刻しておいて、皆さんとの恒例のランチだけはちゃっかり参加。
キーマカレーとコーヒー。さらに他の人が食べていたシナモントーストを見たら
自分も欲しくなり、追加注文。
かなり欲張ったけれど、チップもたくさん頂いたことだし、まあいいっか?

帰りに、子供が明日コンサートで着る素敵なスーツを引き取りにいく。
身長185センチ。それでも裾をたっぷり上げないとはけないなんて、
なんちゅう長いズボンだ?
紳士物の洋服のことがよくわからないMIKOです。

その後、子供にばかりお金使って自分の着るものは何も持っていないMIKOが
ちょっと可愛そうに思えてきました。

それに、このところ、ちょっとした心境の変化があって
おしゃれしてみたくなったMIKO。
麻のジャケットと、薄手ニットのアンサンブル、スカート、カジュアルなネックレス、
それにお洒落なヘアピンまで買ってしまった〜〜。
いい年して、娘に返ったような気分です。

明日のコンサートが楽しみです
ただ、ひとつだけがっかりしたことがあります。
子供が都合でモーツァルトの一番大事なリハーサルを1回外してしまったために、
本番のモーツァルトから降ろされてしまったことです(涙)
でも、他の二曲はちゃんと弾きます♪  
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2009年06月25日

親の仕事と子の生活

naha_dinner
那覇の仕事が終わり、仲間達と乾杯
郷土料理の数々に舌鼓を打ちました。

伊語、仏語、西語、英語、独語のガイドが
語学の別なく和気藹々と語り合えるのは
クルーズならではのお楽しみです

普段はみな一匹狼で仕事をしているので、
こんな機会に人脈を広げ情報交換します。

那覇では着岸と同時に、救急車で病院に
運ばれた重病人の乗客がいました。

通訳として病院に行ったガイドもいます。
気の毒に、彼女は飲み会に参加できず、
私たちばっかり楽しんでごめんなさい!

那覇の後、神戸に飛んできました。

明日は、神戸、大阪、奈良、京都の各コース
に分かれてバス40台以上が繰り出します。


今日、機内で読んだ日経によると、昨年の訪日観光客の数は605万人。
このうち、中国人が46万人です(実際にはもっと多いような印象を受けますが)。

国土交通省の外郭団体であるJNTO国際観光振興機構(日本政府観光局)による
"VISIT JAPAN CAMPAIGN"により、着実に客足が伸びていると期待したいところ
ですが、金融危機や新型インフルエンザなどの影響をもろに受けやすい業界です。

円高のため、私も4月はおいしいツアーが2本キャンセルになってしまいました。
5月もかつて経験したことのない暇なシーズンとなりました。

リーマン・ショック以来の社会情勢を受けて、私達に支払われる報酬や日当の条件も
4月から軒並み下がりました。

毎年、難関の国家試験に合格した人たちが敢えてこの仕事を選ばず、
履歴書に箔をつけるだけで、手堅い仕事(サラリーマン、教師、公務員など)を
決して辞めないのは、このような不安定な身分と条件が改善されないからです。

それでも、この仕事を選んだ仲間たちには悲壮な雰囲気は少しもありません。
みんな明るくて楽しくて笑顔が絶えません。

  

親がこんな仕事で留守している間、子供が遅刻せずに大学に行っているのか、
確かめようがありません。

「起きた?授業は?」とメールしても、
返ってくるのは、だいぶ後になってから、せいぜい「うん」の二文字だけ。
大抵は無視です。
うるさい母親のメールなんて、どうせ片っ端から削除しているのでしょう。

親元離れて生活するお子さんを心配される親御さんの気持ちがよく分かります。

このところ子供は間近に控えた定演のために、毎晩練習に通っているようです。

オケには音楽に熱中するあまり留年する学生もいるそうなので、
「もしそんなことになったら、次の年から授業料を払ってやらないし、
音楽もやめさせるからね!転落人生の始まりだよ!」と釘を刺しておきました。

本人は自分の専門分野に大変関心があり、参考書や問題集まで買ってきて
手をつけているようだし、受験でやり残した英語の参考書も電車の中で見ている
ようなので、信ずるしかありません。  
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2009年06月23日

沖縄戦終結64年目

今日の夕方、那覇にやってきました。

折りしも、今日は沖縄の組織戦が終結して64年目の慰霊の日。
沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園にある沖縄平和祈念堂では、
麻生首相も臨席する中、戦没者追悼式が行われました。

空前絶後の地上戦では一般市民94,000人を含む19万人近くが犠牲になりました。
米兵を含む外国人や県外で亡くなった沖縄県民も含めるとその数は24万人を
超えるそうです。

地元の新聞記事によると、ひめゆり隊のある女性(現在82歳)は、
あたりに散乱する遺体を見て、「一発で一回で死なせてほしい」と切に願ったと
述懐しています。

戦争体験者が高齢化し、その時代を知らない世代が人口の大半を占める現代、
糸満市では今年1月の不発弾爆発により近くの老人福祉施設に被害が及びました。
東京でも昨年3月、調布市国領で不発弾が発見され終日電車を止めて撤去作業が
行われるという生々しい出来事が記憶に残っています。

仕事は明日の午後なので、今夜は少しくつろいで沖縄郷土料理店に行きました。

okinawa_restaurant













沖縄そば、島菜チャンプル(沖縄のからし菜)、スーチカ(豚の三枚肉の塩漬け)、
生ビール、沖縄紅生姜

okinawa_cuisine














  
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2009年06月22日

久能山東照宮

6月21日(日)、久能山東照宮の下見に出かける。

静岡駅前19番乗場から路線バスで日本平まで所要時間約35分。580円。
市街地を抜けるとバスは新緑の林の中を走る。
左右の野生の紫陽花が可憐に色を添える。

日本平〜久能山頂
標高308メートルの日本平から標高270メートルの久能山まで
全長1065メートルのロープウェイ(昭和30年開通)に乗って5分で降りる。

途中、霧で視界はゼロに近いが、晴れていれば駿河湾から御前崎、
牧の原台地、伊豆半島までを一望できるとのこと。
ロープウェイを降りると樹齢500年の楠の大木が出迎えてくれる。

ロープウェイ往復、東照宮拝観料、博物館入場料のセット券 1,650円。
ロープウェイを利用しない場合は、久能山下からここまで階段1,159段を上る。

久能山
古くは推古天皇の時代から久能寺があり、平安時代に密教の寺に。
16世紀末、武田信玄が寺を清水に移して、久能山頂に築城。
北条氏と徳川氏に対する備えの拠点として築かれたこの久能城は、
断崖絶壁に囲まれた天然の要塞。難攻不落の城として家康も重要視していた。

久能山東照宮
1616年4月17日、家康が75歳で没すると、遺言に基づき秀忠が久能山に
家康の墓所を造営。これが久能山東照宮の始まり。
その後、分骨されて日光に壮大な東照宮が造営されたため、久能山東照宮の
存在感は薄くなったものの、明治政府による神仏分離、廃仏毀釈の時代を経て、
現代にまでひっそりとその姿をとどめている。

楼門
後水尾天皇の筆による「東照大権現」の勅額がかかる。
東照大権現は家康の神号。

五重の塔の礎石
東照宮は両部神道の寺であった。明治初期、神仏分離により廃仏毀釈の嵐が
全国を襲った際に、この寺も例にもれず一部を破壊される運命となった。
破壊された五重の塔は再建されず礎石を残すのみ。

鼓楼
元々は鐘楼であったが、廃仏毀釈の難を逃れるために鐘を太鼓に取り替えて
現在に至る。

鳥居
鳥居より上方に唐門をのぞむ。

久能山_鳥居













日枝神社
内陣の手前にある日枝神社は元々は薬師如来を祭っていたが、
神仏分離により日枝神社と名を変えた。

本堂
本堂は典型的な権現造。
権現造とは、拝殿、石の間、本殿の三棟から成る建築様式。
写真は拝殿と本殿の屋根。あいにく両棟をつなぐ石の間の部分が見えにくい。

久能山_権現造













日光東照宮の方が文化的、学術的価値はより高いものの、江戸時代初期の
代表的建築様式である権現造としてこの久能山東照宮は日光のそれの先駆を成す。

神廟(徳川家康の墓所)
内陣よりさらに40段上ったところに、家康の墓所(神廟)がある。

久能山_墓所













境内には他に、剣豪柳生家寄進の灯篭、駿府城から分木した家康手植えの
みかんの木、家康が好んだ茄子の木などが見られる。

余談だが、初夢に見ると縁起が良いとされる「一富士、二鷹、三茄子」に諸説あり。
− 家康が、富士山、鷹狩り、初物の茄子を好んだ。
− 家康の駿河国で高いものの順、富士山、愛鷹山、初物の茄子の値段。
− 富士(無事)、鷹(高い)、茄子(成す)の掛け言葉。(Wikipediaより)

こういった類の話題は日本人にこそ受けるが、外国人には面白くも可笑しくもなく、
第一、説明すること自体が困難な部類に属する。

博物館
付設の博物館では、歴代将軍が愛用した太刀、甲冑、鞍、調度品、工芸品、
家康愛用のスペイン製時計などが見られる。訪問の価値あり。

自然
久能山一帯には、500種を超える樹木が豊かに茂る。
樹齢400年、周囲3メートルを超える大木も多いとのこと。

常緑樹が多く、落葉樹は少ない。
クスノキ、シイ、イヌマキ、ウツギ、ムクノキ、ヤツデ、カエデ、ネムの木、
ツバキ、玉アジサイなどの他、ツタ、シダ類、下草も多い。

珍しいものとしては、高野槙(神社境内にもある)、菩提樹の他、
海に面し黒潮の影響で気候が温暖であることから、ビロウ、ナツメヤシ、ソテツなど
南国の植物もも見られる。

以上で、下見は終わり。
大自然の中に浮かび上がる、寺、城、神社の織り成す歴史。
宗教上、戦略上の重要な拠点として歴史の表舞台にも立った久能山を後にして、
宿泊地の清水へと向かう。

路線バス「静岡行き」を東静岡で下車、460円。
JR東海道本線で清水まで2駅、7分。190円。
日本平から清水行きのバスは2時間に1本程度なので利用しにくい。

6月22日(月)
本番。霧がかかっていないこと、富士山が見えることを祈るのみ。  
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